書評

2016年8月号掲載

情熱の行方

――鈴木一功『ファイティング40(フォーティ)、ママはチャンピオン』

鈴木一功

対象書籍名:『ファイティング40、ママはチャンピオン』
対象著者:鈴木一功
対象書籍ISBN:978-4-10-350131-2

鈴木一功 今度出る『ファイティング40(フォーティ)、ママはチャンピオン』は、情熱のあり方をモチーフに書いたんだけど、モデルとなった私の奥さんにして私の劇団の主演女優である松坂さんは、この小説、あるいは情熱について思うところはありますか。

松坂わかこ さざ波のようにゆるやかに継続する情熱と、一時的な激しい情熱と、どっちがいいのかしら......。

鈴木 どちらも味わい深い。まあ情熱とは無縁の人生なんてのも、それはそれなりに。

松坂 え? 情熱と無縁の人生? ありえない!

鈴木 そんなもんですか......。

松坂 そんなもんですかって、なんですか!

鈴木 いや、だからね、家族の問題を扱った小説でもあるわけですよ。情熱と家族については、どう思う?

松坂 情熱も愛の形のひとつと捉えるなら、家族の中にも情熱はあるんじゃない?

鈴木 まさに、そういうことをボクシングにからめて描いたんです。で、あなたがモデルなんですよ、その辺はどうだったでしょうか?

松坂 書かれているとおり、家事以外なら家の中でも情熱的です。

鈴木 問題はそこ。家事にも情熱的になってほしいものですね、一般論ですが。

松坂 一般とはほど遠く生きてきました(笑)。

鈴木 わかりました。そこがこの小説の肝(きも)かもしれません。ほかに興味があったところは?

松坂 あたしは芝居の役作りをきっかけに金子ジムの練習生になって、ボクサーになりたくなっちゃった女ですから、主人公の佳代子さんが世界チャンピオンに挑むところまで駆けあがるあたり、ですかね。

鈴木 試合の描写は、われながら臨場感があると思ってるんだ。私も昔ボクシングをやっていて、結構怖い思いもしてるから。見知らぬ強面(こわもて)と会ったばかりで殴りあうなんてね。ボクシングは怖いんだよ。

松坂 この前、金子ジムの選手の試合の応援中に、前の席にいたジムのボクサーの男の子が突然振り向いて、「いま、怖いって言いましたよね」ですって。あたし、知らないうちにそうつぶやいてたみたい。

鈴木 恐怖との戦いなのさ。でも情熱が優(まさ)ったりするんだ。その時にボクシングが輝くっていうか、そんな一瞬も描きたかった。

松坂 強い人は皆、臆病な気がする。

鈴木 臆病と勇気は比例するっていうし、ボクシングはそれが如実にでるね。モハメッド・アリは本当に臆病だった。だから蝶のように舞い、蜂のように刺したんだ。

松坂 アリはどうだったんだろう? ボクサーって自己愛が強いでしょ。家族の縁も薄い人が少なくないよね。主人公の佳代子さんみたいな家族がいるボクサーは珍しいと思うな。

鈴木 小説には子供たちも登場するけども、どう読んだ?

松坂 子供は別格だよね。あたしにとっては二人の息子が真のチャンピオン。

鈴木 よくわかりました。で、いまは何に向かって情熱を燃やしてるわけですか?

松坂 恋、と言いたいところですが、さざ波のようにボクシング、強い気持ちで短歌、演劇にはもはや空気のような情熱。

鈴木 ボクシングを詠った短歌で世田谷文学賞の歌人さんだものな。ではここで一首、願います。

松坂 ......愚弄とか欲した愛とか歯噛みとか過去を潰しに君はリングへ

鈴木 お、いいね。ところで松坂さんにとって夫とは。

松坂 情熱は注ぎました。以上!

鈴木 過去形か......。最後にこの小説の読みどころを。

松坂 著者である鈴木さんが、作中、愛してるぞと書くくらい、佳代子さんに情熱を燃やし続けたんだから、全篇通して面白くないわけありません。

鈴木 ありがとうございました。家族、愛情、情熱の行方を見つけ出そうとする物語を楽しんでいただければと思います。本屋さんにともかく走りましょう!

松坂 発売日のロードワークは本屋巡りかな(笑)。あらら、もうこんな時間。明日は消防団の集まりがあるんで長男(シンノスケ)の昼食お願いします。そのあとがPTAの会議、それから......。

鈴木 はい、はい、わかりました。せいぜい本を宣伝してきてくださいな。

 (すずき・いっこう 俳優、劇団レクラム舎主宰)

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