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書評・エッセイ

ノウガコワレタシンチョウシンショ脳が壊れた(新潮新書)

鈴木大介

836円(税込)

「41歳、脳梗塞になりました」。深刻なのに笑える、感涙必至の闘病ドキュメント。養老孟司さん、感嘆!

41歳の時、突然の脳梗塞に襲われたルポライター。一命は取り留め、見た目は「普通」の人と同じにまで回復した。けれども外からは見えない障害の上に、次々怪現象に見舞われる。トイレの個室に老紳士が出現。会話相手の目が見られない。感情が爆発して何を見ても号泣。一体、脳で何が起きているのか? 持ち前の探求心で、自身の身体を取材して見えてきた意外な事実とは? 前代未聞、深刻なのに笑える感動の闘病記。

脳が壊れたルポライター

鈴木大介『脳が壊れた』

鈴木大介

 2014年秋に出版した拙著『最貧困女子』(幻冬舎新書)では、これまで多くの社会の底辺者を取材してきたまとめとして、貧困に陥る者の共通点に、三つの無縁(家族・地域・制度との無縁)と三つの障害(知的障害・精神障害・発達障害)があると提言した。と思っていたら、発行から半年あまりの2015年5月末に、僕は脳梗塞を発症。軽度の高次脳機能障害を抱えることとなり、リハビリ生活に入ることとなってしまった。
 絶望? 否、それは僥倖だった。なぜなら脳梗塞発症から緊急入院してほんの数日で、僕はひとつのことに気づいたからだ。
 右脳に脳梗塞を発症した僕に残った高次脳機能障害とは、注意力や集中力や認知能力の著しい低下、感情の抑制が困難になることやパニックなどの様々な要因が入り交じっていたが、そこで僕は強い既視感を感じた。
 例えば僕は病院の売店で買い物をしようにも、出そうと思った小銭を一枚二枚と数えて、四枚目には何枚数えたか忘れてしまう。店員や後ろに並ぶ客を待たせたくないと思うほどに焦りが焦りを呼び、ついには財布ごと店員に投げつけて数えてもらうか、意味不明なことを叫びながらその場を逃走したいような、居ても立ってもいられないような気持ちになってしまう。
 だがこうした「レジ前のパニック」は、実はこれまで僕が取材してきた幾人もの貧困者から聞き及んで来たことだった。既視感の正体は、この不自由になってしまった僕が、あの苦しい苦しいと訴えかけてきた取材対象者たちと同じ状況にあるということだ。
 脳梗塞の結果として「脳が壊れた」僕だが、それは、先天的、後天的な要因で同じく脳にトラブルを抱えた精神障害者や発達障害者と、結果的にその認識を同じくしているのではないか。貧困と孤独の中、多大なストレスに晒され続けた結果としても、神経疲労による脳の認知の歪みや集中力・注意力の喪失は起こりうる。
 だとすれば、僕は取材者として初めて、あの不便で面倒くさくて苦しい彼ら彼女らの当事者感覚を持って、その気持ちを代弁できるようになったのかもしれない。これを僥倖と言わずしてなんと言うべきか。
 リハビリと同時に、自分への取材が始まった。様々な機能を喪失した絶望感は、それこそ安易に自死を選びたくなるほどに辛かったが、徐々に機能が回復していく感覚は「発達の再体験」でもあり、非常に感動的な体験だった。そしてそれは、様々な苦しみから抜け出せない人々に本当の意味で必要なケアがなんなのかを知らしめてくれる体験であったようにも思う。
 脳が壊れたルポライターとして、脳が壊れなければ書けなかったこと、感じられなかったことを、一冊にまとめた。

 (すずき・だいすけ ルポライター)

鈴木大介『脳が壊れた』978-4-10-610673-6