書評

2016年3月号掲載

水清ければ日本版カジノ栄えず

――楡周平『ラストフロンティア』

楡周平

対象書籍名:『ラストフロンティア』
対象著者:楡周平
対象書籍ISBN:978-4-10-133577-3

 日本もカジノ特区を作って景気浮上を、という業界団体の声に押されて、いわゆるカジノ法案が提出されたのは2013年12月のことでした。ところが衆院解散やら安保関連法案やらで法案は流れ審議は進まず、ギャンブル依存症など克服すべき問題もまだまだ多いように思われます。そういった議論はいったん脇に置くとして、そもそも日本版カジノをつくるにあたって、彼らが一体どんな施設を念頭に置いているのだろうか、僕はそこがとても疑問だったんですね。
 そこで資料を見ると、ラスベガスやマカオ、シンガポールのカジノと同じように、スロットルやルーレット中心で代わり映えしないんです。果たして海外と同じものを持ってきて、外国人が日本でカジノを楽しみたいと思うでしょうか。
 例えばラスベガスに行けば、街はショービジネスと一体となっていますから、セリーヌ・ディオンのようなクラスの超大物歌手が一年を通じてショーをやっているわけですよ。ギャンブルに飽きたら、手頃な値段で飲みながらリラックスした雰囲気で舞台を楽しめます。私もラスベガスではありませんでしたが、ネバダ州のレイク・タホに行ったときに、数千円で「テネシー・ワルツ」で有名なパティ・ペイジのショーを楽しみました。根っからのギャンブラーじゃなくても、ごく普通の観光客もアメリカのカジノは楽しめるんです。しかし日本でそんなショーが成立するでしょうか。宝塚? 歌舞伎? SMAP? 一部の日本通アジア人には受けるかもしれませんが、一年を通じて外国からの観光客を楽しませるプログラムが組めるとは到底思えません。
 ならば日本人をターゲットにすれば良いと反論されるかもしれません。もしお台場にカジノができたら、最初は物珍しくて国内からも客が来るでしょうが、地方から交通費をかけて何度も通って来ると思いますか? 試算ではお台場にカジノが実現すれば一兆五千億円が落ちるとされていますが、これはパチンコ人口の一千三百万人が平均で年二十三万円負けている額の半分に相当します。国内にそんな需要があるわけがないんです。こんな「絵に描いた餅」のカジノでは、箱はつくったけれど閑古鳥が鳴くのが目に見えています。
 では、どうすれば良いか? 実はカジノの世界というのは、千万、億単位でカネをつぎ込む超VIP客による売上が八割を占めているんです。ギャンブルに首までどっぷり嵌まった大博奕打ち(この小説では飛びっ切りの屑(クズ)と呼んでいますが)をどれだけ呼べるかにかかっている。ならば日本ができる最高のおもてなしは「飲む・打つ・買う」の三拍子でいくしかないんじゃないか、と僕は思うんですね。すでに日本食の人気は世界中で定着しつつありますし、ギャンブルも日本オリジナルで外国人にも分かりやすいものがいい。となればやはりサイコロで奇数・偶数を賭ける「丁半博奕」が一番盛り上がるんじゃないかと。ルールも単純ですし、ちょっとワケありな艶っぽい姐さんがサイコロ振って、ここぞという大一番の時には、片肌脱いで和彫の入れ墨で見得を切る――これは外国人のみならず大いにウケますよ。僕も観てみたい。
 そして日本には、ソープランドという大変素晴らしい夜の遊びがあります。わざわざ日本の恥部を世界に晒さなくても、と思われる方も多いでしょうけれど、現に世の中にあるわけですし、中国からの観光客にも大人気なんですよ。サービスの質が段違いに良いらしい。これらを組み合わせれば、世界中のVIP客が絶対に日本に通いたくなるはずです。「水清ければ魚住まず」と言いますが、クリーンなカジノになんて人は寄りつきません。アヤシイからこそ行きたくなる。いまのカジノ計画に欠けているのはそういう「遊び」としての視点ではないでしょうか。もちろん、こんな破天荒なカジノ計画がすんなり通るはずがなく、各省庁から出向してきた官僚たちに難癖をつけられて頓挫するわけですが、主人公は「ある秘策」で官僚をやり込めるんですね。詳しくは読んでいただくしかないのですが、これも実話でして、世の中にはマンガみたいな理由で官僚が屈服することもあるのですよ。
 僕自身は賭け事はしませんし、カジノに賛成でも反対でもありませんが、やるからにはキレイ事は抜きにして、オトナが真剣に楽しめる場を作って欲しいという思いで小説を書きました。大人も子供もスマホゲームばっかりで、非日常的な遊びの場が少なくなって寂しい世の中ですからね。(談)

 (にれ・しゅうへい 作家)

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