TOP > 波 -E magazine Nami- > 書評・エッセイ

波

書評・エッセイ

ケンブリッジスウガクシタンテイシンチョウシンショケンブリッジ数学史探偵(新潮新書)

北川智子

660円(税込)

めくるめく知的興奮に満ちた数学史の世界へようこそ。私がご案内します。

斬新な日本史講義がハーバードで熱狂を呼んだ歴史学者が、ケンブリッジに移って選んだテーマは「17世紀の数学史」。近代国家が成立する以前、知識人たちは 国家の枠にとらわれず、自由に知識を交換しあっていた。著者は京都で花開いた和算を起点に、西洋、さらには中国の数学文化まで縦横無尽にたどっていく。「知の生成」の瞬間を追い求め、真にグローバルな時代に相応しい歴史の語り方を探った知的興奮の書。

「基本だよ、ワトソン君」

北川智子『ケンブリッジ数学史探偵』

北川智子

 イギリスの名探偵といえばシャーロック・ホームズ。彼が相棒に語りかけたセリフに、こんなものがあります。

「Elementary, my dear Watson.」
(基本だよ、ワトソン君。)

 あっと驚くような発見も、基本事項に立ち返ってこそ謎ときのヒントを得るというのは、シャーロックの決め言葉のひとつです。

『ケンブリッジ数学史探偵』は、学問の基本中の基本である「数学」と「歴史」のあいだにある「謎とき」をするものです。
 わたしに、その「謎」を持ちかけたのは、新潮新書の前作『ハーバード白熱日本史教室』。日本史がアメリカでどのように語られているかを書き、これから現代にぴったりの語りとはどんなものかを考えよう、というメッセージを残したところ、現代的な歴史とはどのようなものだろうか、という質問を多く受けました。日本では「日本史」と「世界史」が分けて教えられているため、日本と世界の間には見えない壁があるという事情が、現代的な歴史叙述の生成を難しくしているのです。そこで……
 ・日本史と世界史を分けない。
 ・日本史も世界史も一気に俯瞰する。
 現代にぴったりのグローバルな歴史とは、既存の歴史の枠をとりはらった「大きな物語」。現代的な世界規模の歴史叙述の一例が、この本です。

 探偵となる我々の舞台は17世紀の世界各地。日本の京都を出発点とし、ヨーロッパはパリへ。さらに中国の北京から数学の歴史をたどります。17世紀といえば、フェルマー、パスカル、ニュートン、ライプニッツなど、数学界のスターが生きた時代。しかし数学史に関係した人は意外に多く、時空を超えた旅の中で我々が出会う人物は、色々な場面にユニークな足跡を残しています。一体誰が、どんな発見の跡を残しているのでしょうか。17世紀を地球規模で眺めてみると……
 出来上がった世界の俯瞰図を見ると、数学も歴史もごくごく基本の事項に立ち返ってみることで、目の前にある問題がすらすらと解けていくのです。やはり、様々な発見の根底にあるのは、シャーロック・ホームズの名言そのもの。

「Elementary, my dear.」
(基本こそが、大事なんだよ。)

 もちろん本書はその「基本」の掘り返しだけでは終わりません。どんなふうに「基本」が「発見」に昇華するのか。謎ときの果てにあるものは「歴史が未来を創るためにくれるヒント」なのです。ヒントがいくつ見つかるかは、あなた次第。どうぞ、楽しんで読んでください。

 (きたがわ・ともこ 歴史学者)

北川智子『ケンブリッジ数学史探偵』978-4-10-610630-9