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書評・エッセイ

イザカヤヲキワメルシンチョウシンショ居酒屋を極める(新潮新書)

太田和彦

660円(税込)

ひとり飲みの極意を伝授。孤高の居酒屋評論家、初めての新書!!

全国の店探訪歴三十年、「孤高の居酒屋評論家」が満を持して展開する「居酒屋論」。いや、決して堅苦しい講釈ではなく、いい店の見分け方や粋な注文法、一人でも心地よく過ごすためのコツに加え、全国の名店・名老舗の物語などなど持てる力をフルに発揮して大人の至福へ誘うという寸法。自身の酒呑み人生も交え、奥深い魅力を余すところなく披露。本書自体が酒の肴になること請け合い、今夜は居酒屋に行きたくなる!

好きだからいつまでも

太田和彦『居酒屋を極める』

太田和彦

 気楽な居酒屋で、親しい友と心を開いて一杯やる。せわしない日々の貴重なひとときだ。
 居酒屋について初めて本を書いたのは一九九〇年。居酒屋評論家になろうなどと思ったわけではない。当時はバブル景気のグルメブームで、一晩で二万円の食事をしたなどということが自慢気に話され、グルメ評論家も現れた。それを皮肉ってやれというひねくれた動機だ。
 やり方も遊び半分で、椎名誠さんの「あやしい探検隊」を真似て作った「居酒屋研究会」の手書き会報、発行部数五部が研究発表媒体だった。それがどう膨らんでいったかはこの本に書いた。
 当時の居酒屋は「哀愁のオヤジたまり場」とからかわれこそすれ、まともには扱われず、文化人が自分の好きな店を書くことはあっても、それは高級な味を知る人の「意外な庶民性」であった。
 ネット情報もグルメ雑誌もない頃に「研究」はすべて体当たりの直感だ。しかし未知の分野を拓いているのかもしれないという感覚は、自分を熱中させた。店を訪ねて記録するが、そもそも居酒屋は大衆のもので、権威的なエラソー評論家調は合わない。どういう文体がふさわしいかはすでに椎名さんの著作で学んでいた。
 今や居酒屋ブーム。雑誌でいちばん売れる特集は居酒屋という。かつては「やあね」と言っていた若い女性も「居酒屋つれてって」だ。居酒屋は「脱サラ」でもできる商売ではなくなり、若い人の始める居酒屋は酒の勉強も料理も経営もしっかり勉強して始め、社会的に認知された一生を託せる仕事になってきた。私もやっているが居酒屋探訪のテレビ番組は山ほどある。
 私も手を替え品を替え書いた居酒屋本はおよそ三十冊になった。初めは肴や酒への興味だったが、やがて居酒屋がいかに風土に根ざし、人々の寄り所になっているかを発見してゆく。また生活の根本を揺るがす自然大災害に際してどういう力を発揮するかも知った。
「もう書くことはないよ」と言う私に、新潮社の女性編集者は「そのすべてを一冊に凝縮してください」と欲の深い注文を出して一杯注いだ。美人にお酌されれば何でもやる。
 書き上げて、自分はどうしてこんなことになったのだろうと考えた。私の本業はグラフィックデザインで、居酒屋でメシを食っているわけではない。本業の作品集は一冊だが、居酒屋本は三十冊だ。大学でデザインは教えたが、居酒屋は教えていない(少し教えました)。
 始めた動機にすべてがあるとわかった。誰に頼まれたわけでもないことを、自分が好きなだけでいつまでも続けてゆく。その結果だと。「居酒屋を極め」たとて何の役にも立たないがそれでよい。
 そしてさらに気づいた。「おもしろいと思うことをずんずん進め、本にも書く」は椎名さんの後を追ったのだと。
 はからずもこの本は「椎名誠さんに捧ぐ」となったのである。

 (おおた・かずひこ 居酒屋評論家・グラフィックデザイナー)

太田和彦『居酒屋を極める』978-4-10-610594-4