インタビュー

2014年11月号掲載

『自覚 隠蔽捜査5.5』刊行記念特集 著者インタビュー

贅沢な短篇小説

今野敏

対象書籍名:『自覚 隠蔽捜査5.5』
対象著者:今野敏
対象書籍ISBN:978-4-10-132161-5

 作家としてデビューしてからずっと、短篇小説を書くことは好きでした。さらに言えば、短篇はトレーニングの場だと思って書いてきました。

 長篇と違って短篇には枚数に制限がありますから、むだな描写を削ぎ落とすことが要求されます。それによって、冗長ではない文章を書く技術が身につくんです。また、長篇は基本的に起承転結の流れに沿ってストーリーを組み立てますが、短篇の場合は時として「承結」あるいは「転結」で物語を作らなくてはなりません。警察小説に即して言えば、事件の発生から説明していくのが長篇で、いきなり捜査のシーンから入るのが短篇。短篇は一行目から読者を引き込まなくてはならず、そのために一種の力業が必要になってきます。

 それに、十本の長篇を書き上げるためには何年もかかりますが、短篇なら一年で十篇書くこともできるでしょう。作品を結末まで書くということがとても重要で、それを積み重ねれば確実に小説の技術が向上すると思います。かつては同人誌がその修業の場でしたし、小説誌でも若手に短篇を書く機会が与えられていましたが、最近はどうしても長篇優先の傾向が強いですよね。もちろん市場を考えればそれはやむを得ないことですが、作家にとって短篇を書かないと上手くならない、というのは一つの鉄則だと思っています。

 実は警察小説は短篇向きのジャンルなんです。大がかりな事件捜査を扱わなくても、警察官同士の人間関係や、組織内部の問題を書くことで面白いドラマが生まれます。横山秀夫さんの作品がその好例でしょう。今書いている警察小説の中で、安積班シリーズと隠蔽捜査シリーズは、長篇と短篇を交互に書いています。吉村昭さんが小説を竹にたとえて、短篇は節の部分にあたると言っていたそうですが、まさにそんな感じですね。

 今回の『自覚 隠蔽捜査5.5』はシリーズ二冊目の短篇集です。一冊目の『初陣 隠蔽捜査3.5』は、すべて主人公・竜崎伸也の幼馴染で盟友の伊丹俊太郎の視点で書きましたが、今回は七篇それぞれ視点となる人物を変えてみました。周囲の人間が直面する難題が、竜崎の言動で一気に解決に向うという“竜崎マジック”を堪能していただけると思います。

 長篇ではあまり描いていないキャラクターも登場します。たとえば、竜崎の下で働く大森署の貝沼副署長は大人しくて何を考えているかわからない存在でしたが、初めて胸中を語っています。読者からすると、会社の中で日ごろ目立たない人と飲みに行ったら、意外な一面を発見した。そんな面白さがあるかも知れません(笑)。

 また、竜崎と敵対する第二方面本部の野間崎管理官が、本音の部分で何を考えているのかを、本人視点で書いてみました。そんな遊びができるのも短篇の面白さですが、さじ加減は難しかったですね。いい人になってしまっては面白くありませんし、かといって敵愾心ばかりでもリアリティがない。そこで、弓削第二方面本部長という新しい人物を登場させました。野間崎の上司と竜崎を対峙させることで、野間崎が竜崎に対して抱える思いを表現することができたんです。

 今年初めに隠蔽捜査がドラマ化されて、竜崎を演じた杉本哲太さんを始め皆さん見事な熱演ぶりでしたが、一匹狼的な刑事の戸高には安田顕さんがまさになり切っていて、感動さえ覚えました。おかげで戸高人気が高まったようなのでこの本でも活躍させましたが、あえて彼の視点では描きませんでした。ああいった“飛び道具”的な存在は、本人の心情を書くより、周囲の反応を描いた方が面白いんです。

 竜崎がかつて恋心を抱いた畠山美奈子も、ハイジャック犯に対応する「スカイマーシャル」の訓練を受けるという設定で登場しています。今でこそ世に知られるようになりましたが、スカイマーシャルを小説の中で使ったのはこの作品が初めてだと思います。それ以外にも、長篇でも生かせそうな題材をいくつも盛り込んであります。基本的に、長篇と短篇でネタを使い分けたりはしていません。実は準備する際の労力も、大差ないんですよ。A4の紙に構想をメモ書きしますが、その分量は短篇でも長篇でもあまり変わりません。どちらも執筆の時点で持っている材料をすべて出し切ります。ですから、短篇って贅沢だな、と思うことがありますね。

 現在「小説新潮」で長篇「去就 隠蔽捜査6」の連載が始まっています。ストーカーがテーマで、『自覚』で登場した弓削方面本部長との対決が一つの読みどころになる予定です。竜崎はいつまで大森署にいるのかとよく聞かれますが、「去就」という題名が表すように何らかの動きは出てきそうですので、楽しみにしてください。

 (こんの・びん 作家)

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