書評

2014年10月号掲載

溢れ出す「旨味」にリピート確定!

――朝香式『マンガ肉と僕』

藤田香織

対象書籍名:『マンガ肉と僕』
対象著者:朝香式
対象書籍ISBN:978-4-10-101341-1

 新人作家の処女作を手にすると、いつも自分に言い聞かせることがある。「落ち着け」「舞い上がるな」「冷静に」。
 私に限らず「読書」が特別なものではなく日常となると、次第に自分の好む世界が定まってくる。好きな作家、好きなジャンル、好みの世界から逸脱せずに愉しむ嗅覚が備わることが、悪いわけじゃない。自分好みに整え、馴染んだ世界はもちろん心地良い。望んだ範囲内にある安心と安定。けれど、身勝手なことに、やはり時折、刺激も欲しくなる。凪いだ世界を揺るがす新しい風を求めてしまうのだ。
 第十二回R‐18文学賞の大賞受賞作を表題とした本書も、だから内心大いに期待しつつ、平静を心がけて読み進めた。
 受賞作の「マンガ肉と僕」は、大学生の主人公・ワタベが、〈アニメの原人が食べていたマンモスの肉の形に似せた、骨付きの唐揚げ〉を求めて近所のコンビニを走り回る場面から幕を開ける。ワタベはひょんなことから大学の同期生である熊堀サトミに付け入られ、部屋に上がり込まれ、居座られ続けた挙句、日々パシリにされていた。一本二百八十円の、想像するだにボリューミーなその肉をペロリと三本平らげるサトミは、当然目を逸らしたくなるほどの巨体で何日も風呂に入らず、強烈な香水を身にまとっていた。流行とは無縁の服に、かさかさの金髪。サラリーマン家庭でごく普通に育ち、バイト仲間から「エア感ある」と称されるワタベが草食動物であるならば、サトミはまさに肉食獣そのものだった。やがてバイト先で知り合った本多菜子と親しくなりつつあったワタベは肉女サトミの追い出しにかかるのだが――。
 予期せぬ不幸に見舞われたワタベと、不気味かつ嫌悪感抜群なサトミとの特異な関係性をテンポ良く描きながら、物語は十年後に飛び、ふたりは思いがけない再会を果たす。いや、思いがけなかったのは、あくまでもワタベだけだとも言えるだろう。サトミは大学を卒業した後、二十八キロ減量していた。まるで別人と化したサトミは、ワタベに十年前の「理由」を打ち明けるのだが、そうして明かされた真相以上に、ふたりの特異な関係性が、静かに胸に広がっていくのだ。
 その余韻は、二話以降も読み手の心に残り続ける。サトミが勤め先の飲食店で出会った男・本城との恋の顛末を描く「アルパカ男と私」。本城の友人・格子丸の視点で語られる「水玉×チェック」。第四話の「記念日」で、ワタベはこれまたとうの昔に別れた元恋人・菜子に急襲され、またしても居座られた挙句、聞きたくなかった「真実」を告げられる。最終話の「スミレ咲くころ」は、本城と格子丸の行きつけのバー・ペリカンを営む剛と、ある決意を固めたサトミ、ふたりの視点で交互に綴られるのだが、登場人物たちの、時にゆるく、時に確かな繋がりが、ゆっくりと読者の心をも掴んでいく。
 言わなくても良かった言葉。吐き出してしまった嘘。知らずにいれば平穏でいられたかもしれない真実は、告げる側にも告げられる側にも強烈な痛みが伴う。ともすれば、本書の登場人物たちは、実に身勝手だと受け取る読者もいるだろう。実際彼らの言動は、はた迷惑で、不遜で、自己愛が強い。
 けれど、作者である朝香式は、そこから決して目を逸らさない。それでいて、物語の放つ空気は、どこか爽やかでさえあるのだ。ちりばめられたエピソードのひとつひとつに、身勝手にならざるを得なかった彼らの心情が、過不足なく秘められている。派手でキャッチーな「惹き」を用いることなく、真摯に登場人物たちの背景を読者に「魅せる」。緊張と弛緩、主観と客観、絶妙に物語をコントロールする、作者の目配りの良さが強く印象に残る。デビュー作であるにもかかわらず、心ニクイほど地味巧い。〈「知ってた? 人間関係って相対的なものらしいよ」〉。本城からの受け売りで、サトミがワタベに話して聞かせた言葉の意味を、読後、我が身に置き換えて考えずにはいられなくなる。
 手にした時に抱いた「勝手な期待」は、裏切られるどころか、ますます膨らんでしまった。狡さも弱さも、強かさも貪欲に呑み込んだ朝香式が織り成す物語を、これからも長く読み続けていきたいと、今、心から願っている。

 (ふじた・かをり 書評家)

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