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対談・鼎談

『身体巡礼』&『日本の身体』2冊刊行記念“非同席”対談

未知の身体世界へ

「身体」を考え抜いてきたおふたり、著作が同時刊行です(どちらも『考える人』連載)! 互いの原稿を読んでもらい、それぞれへのインタビューをもとに、編集部で対談形式にまとめました。

養老孟司 × 内田樹

内田 ついに出ましたね、『身体巡礼』。以前に凱風館にいらしてくださったときはちょうどドイツ、オーストリア、チェコへの取材旅行から戻られたころで、写真を見せていただきました。

『考える人』での連載でしたが、こうしてまとめて読むと、墓と死、文明と自然についての養老先生のこれまでの思索の総集編を、高速度で一覧させていただいたような読後感でした。

養老 ぼくの書くものは文明批評だ、とよく言われます。ただ、文明は意識的なものです。文明の中で無意識や無益なものにこそ、もっと考えるべきことが出てくる。「あまりもの」を考えることが面白いんです。

内田 「あまりもの」ですか?

養老 そう。生きていたら、死体は必ず出ますよね。今は出た瞬間にすぐに火葬場で燃やしてしまう。まるでゴミと同じ扱いです。日本はその点徹底していますよ。でも、もちろんゴミではないから、簡単に捨てるようなことはしない。で、どう“処理”するかには、それを扱う人の「身体性」が出るわけです。

内田 ご覧になっていた中央ヨーロッパの墓地や霊廟の風景は、そのものが主題なのではなく、それに触発されて先生の思考回路が起動するための「きっかけ」となるわけですね。

養老 実用性や有用性が一見なさそうに見えることこそ、無意識に必要とされていて、身体の求めているものが如実に出てくるんです。身体とは無意識に扱うべきもの。その扱い方を探求したくて旅に出ました。それさえも意識的なんですけどね。だから完全にわかるわけがない。できるだけ近づく、という程度です。

 日本人は有用性や実用性ばかりに目を向けていて、ヨーロッパ人は理性的、合理的だと思っているけれど、そうではないということは理解しておくべきですね。合理性や意識とは違う、人間自身が身体を扱うことの探求をしていると、無意識の芯が必ず残る。

内田 確かに、心臓信仰の章でびっくりしたのですが、養老先生がさまざまな心臓信仰の事例を列挙されたあとに「『なぜ心臓なのか』という問いには、だから正確な解答はない。『長い間になんとなくそうなっちゃったんだろうなあ』とでも無責任にいうしかないのである」と書かれています。まさにその通りですよね。

 燃える心臓の幻覚を見た17世紀の修道女マルグリット・マリー・アラコックが列聖されたのが1920年と聞くと、確かに「欧州というのは、私にはわからない所なのである」という感懐もごもっともです。昔の話ではないわけですよね。

養老 簡単にわかることって気をつけた方がいいですよ。

内田 想像を膨らませてみると、修道女が経験したのは、おそらくリチャード獅子心王や聖王ルイと同一のコスモロジーが生み出した幻想の一部なのでしょう。それは、レヴィ=ストロースがあらゆる重要な社会制度がそうだと言ったように、人類史の闇の中に消えて、遡及しがたいものです。

 遡及しがたい起源については「長い間になんとなくそうなっちゃったんだろうなあ」と解答するのがその語の本来の意味での科学的な態度だと思います。起源が定かでない思考や感覚はまさに「謎」であるがゆえに知性を活性化するわけですから、うっかり「この制度の意味はしかじかである」などと性急に定義しない節度の方が「知性フレンドリー」な態度ですよね。

養老 内田さんはいつもうまくまとめて表現してくれるから助かる(笑)。

内田 だって、養老先生は基本「知性フレンドリー」ですよね。この本では他にも「治療ニヒリズム」についてこう書かれています。「私が治療ニヒリズムという言葉を知ったのは、W.M.ジョンストンの『ウィーン精神』である。ただし記述が十分には理解できなかったから、かえって記憶に残った」とある。

 そういうものなんですよね。「喉にささった魚の小骨」のようなものが、それからあとの知性の方向性を決めるということがあります。

養老 読み解いてくださってありがとうございます。世の中なんて、わからないことだらけですよ。ひとりで理解できる量なんて、たかがしれているし。その意味で、『日本の身体』も読ませてもらいましたが、『身体巡礼』と共通する部分が多い。

内田 そうでしたか。どのように読まれたでしょうか?

養老 日本の歴史上、身体の方が重要な役割を担っている時代があるんです。その時代は、縄文、鎌倉、戦国時代。この“身体の時代”の生きている部分を現代に見いだす一冊が、『日本の身体』だと思いました。かつてあった日本の身体を現代に見いだして評価する一冊というかね。

内田 そうだったのか(笑)。実は、この本は、誰とどういう話をするかについて、最初から仮説があってそれに基づいて進めていたわけではなく、身体技能の優れた方達とやりとりをしていくうちに、徐々にぼくの身体論のかたちができていったものなんです。

養老 身体のことって必ずそうなりますよ。時間を経ることが必要になる。

内田 もともと、専門職の職人の話を聞くのが大好きなんです。この本でお会いした12人(千宗屋、安田登、桐竹勘十郎、井上雄彦、多田宏、池上六朗、鶴澤寛也、中村明一、安倍季昌、松田哲博、工藤光治、平尾剛。敬称略・掲載順)は、まさに身体に関する専門家という顔ぶれになりました。

 話す中では、特にリアリティの厚みや手触りを伺いたかったんです。僕自身は理屈っぽい人間なので、身体実感といった生の話を聞けば、その原理がわかるかもしれないと思ってわくわくして。逆にさらさらと答えられては困るくらいで(笑)、たくさん宿題をいただくという姿勢でのぞみました。聞いた話のうちの7割くらいは無事に「喉にささった魚の小骨」となりまして。この宿題の量が多ければ多いほど、ぼく個人にとっては生産的でお得でした。残された技法の情報よりも、情報になっていない生ものにこそ価値があるように思います。

養老 『平家物語』と『方丈記』が身体の鎌倉時代の代表的な文学ですが、どちらも「諸行無常」から始まっていますよね。これを僕は偶然だとは思っていないんです。モノは残らない、そう言っているわけです。貴族の情報化社会の頭では、永続するものとなっているけれど、あそこで意識に対比して「身体」が発見された。つまり、時を経ても変わらないものだったが、そうではないとここで「発見」された。諸行無常という、モノが残るかどうかにこだわらない時代になった。

 運慶湛慶も突然変異のように出てくるけれど、その時代の象徴なんじゃないですかね。『日本の身体』の表紙は山口晃さんが描かれていて、そこがうまく表現されていますね。

内田 ほんとうにうまく描いてくださいました。

養老 鎌倉に生まれ育ったせいか、そんなことを考えます。身体の時代は、遺跡もあまり残らない。残そうと思っていないから。だから、理論化されていない人の、理論ではない話にこそ面白いことがある。

内田 確かにそうですね。雅楽演奏家の安倍季昌さんのお話で、儀式自体が終わってご自分の御勤めを終えられた天皇陛下が、安倍さんたちの音楽が終わるまで寝ずにずっと待っておられるというお話は忘れることができません。天皇論をしたいわけではないのですが、細かい身体技法を聞くうちに、天皇陛下のお仕事がいかに大変なものか、どれほどの信頼関係があるか、リアルにそばにいる人から聞くと、まったく違ってきました。

養老 その肌触りこそ貴重ですね。12人の方と話す中には、そういうことも多かったでしょうね。

内田 そういうことだらけでした。たとえば、桐竹勘十郎さんの取材の際、途中から撮影のために左遣いと足遣いのふたりも入ってきたんです。そのふたりと勘十郎さんのやりとりといったら。アイコンタクトもなく無言のやりとりが続き、以心伝心の状態でした。言語を介さずに相手の欲するものをとらえる絶妙の共感力、あれは、活字になりませんでした。

 千宗屋さんのお茶時の濃密感もそうです。なにより驚いた。あれほど茶室の空間が変容するとは思わなかったんです。宗屋さんが創りだす空気の濃さ、場を生む魔術的な力というのは、やはり活字になりません。

養老 この二冊は、どうも対照的でぜんぜん違いますね。共通性は大いにあるんだけれど、片方は生きていて、もう片方は死んでいる。

内田 『日本の身体』が生きていて、『身体巡礼』が死んでいるんですか?

養老 そう。生きている方は役に立つけれど、死んでいる方は役に立たない。有益と無益。だってこっちは、死体がたまっちゃうからどうしよう。この目の前の死体、どう片付けたらみんな納得するかな。そこからですからね。

内田 後始末なんですね。

養老 そう、こっちはなんだかしらないけど、後始末が好きなんですよ。内田さんは前倒しでしょう。だから政治もお好きだと思う。でも、身体には右も左もなくて、中立的。

内田 後始末と前倒し……。編集部の方から聞きましたが、先生の身体性に対する考え方がまとまっているのは『日本人の身体観の歴史』(法蔵館)と『身体の文学史』(新潮選書)だとうかがいました。今度読んでみようと思っています。

養老 僕の本を読んでも人生の足しになりませんよ。とにかく死んでいて無益ですから(笑)。

 (ようろう・たけし 『身体巡礼』著者、解剖学者)
 (うちだ・たつる 『日本の身体』著者、凱風館館長)

養老孟司/内田樹 『身体巡礼 ドイツ・オーストリア・チェコ編』/『日本の身体』 978-4-10-416007-5/978-4-10-330013-7