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書評・エッセイ

「もう一つのアメリカ」の物語

――ポール・オースター『闇の中の男』

藤井光

 老いた男が独り、夜の闇の中で想像に耽る。そのこと自体が、何か特別であるわけではない。眠りにつく前のひとときに想像を巡らせることはありふれた行為だろう。だが、その男の想像している物語が、21世紀に入って内戦に突入した「もう一つのアメリカ」であるとすると、平凡に思えた風景はにわかに不穏な色合いを帯び始める。ポール・オースターの新作小説『闇の中の男』(原書は2008年刊行)は、ゆったりと過ぎる夜の時間と、想像のなかでめまぐるしく展開するアメリカ内戦という、緩急が奇妙に入り混じった語りによって開始される。
「アメリカ」という主題に対するオースターはどこか、密着はしないが、決定的に離れることもない、衛星のような位置を取る作家である。ニューヨークを現実から一歩遊離した記号世界のように描く初期の三部作から、アメリカ的な旅の変奏としての『ムーン・パレス』、1980年代から冷戦終結直後のアメリカの政治を色濃く背負う『リヴァイアサン』など、アメリカ的な要素と、それを外から眺めるような視線が絶妙に絡み合うことで、オースターの世界は形作られてきた。そして、その絡み合いは『闇の中の男』でも健在である。
 内戦を夢想する男とは、元書評家のオーガスト・ブリル。娘と孫娘とともにヴァーモントの自宅で暮らす彼は、眠れない夜を「もう一つのアメリカ」の物語を動かすことでやり過ごす。その世界では、2000年の大統領選挙をきっかけにアメリカは分裂し、多数の死者を出す内戦に突入している。その仮想世界に突然放り込まれた若者オーエン・ブリックは、現実の世界に戻ることを願いつつも、ある任務を託される。内戦にあるアメリカとは、一人の男が想像で作り出したものであり、つまりはその夢想家を殺しさえすれば、すべては現実に復帰するのだという。その男とは、ヴァーモントにいる元書評家、オーガスト・ブリル……。
 こうして、現実と想像は奇妙なメビウスの輪のように絡み合う。とはいえ、「パラレル・ワールド」のもう一人の使い手であるアメリカ人作家スティーヴ・エリクソンと同じく、オースターにとっても、その手法は奇をてらうための仕掛けではない。21世紀に入ってからのアメリカ合衆国の政治への反発を端々に感じさせる想像世界は、オーガストにしばし現実を忘れさせてくれるほど刺激的ではあるかもしれない。しかし、戦争の物語によって一旦は脇に押しやられていた「リアル」は、やがては回帰してくる。
「夢の中から責任は始まる」――小説『海辺のカフカ』において村上春樹が引用していたその言葉は、そのまま『闇の中の男』にも当てはまるだろう。想像力は、物語は、それを語る個人とどのように関わっているのか。語ることの倫理を常に問うてきた作者の本領は、語り手であるオーガストと家族の人生が明らかになる小説の後半に入り、より明確に発揮されることになる。
 オーガストと家族とのやり取りのなかで、語り手だけではなく、娘のミリアム、そして孫娘のカーチャ、世代の異なる三人がそれぞれ心に傷を抱えて生きていることが明らかになる。結婚生活での行き違い、別離と和解、そして、アメリカが現実に突入した戦争との意外な関わり。その語りを通して、彼らは人生という物語にある「真実」と向き合うのである。
 そこに至るまでの過程は、壮大な回り道と言えるかもしれない。しかし、『東京物語』についての美しい描写を始めとして、回り道の数々に輝きを与えるオースターの語り口には、さらに磨きがかかっている。一つ一つのエピソードに、まぎれもないオースターの刻印があり、この作家を読む喜びを十二分にもたらしてくれる。
 そのオースター「らしさ」について、最後に一つだけ紹介しておくべきだろう。19世紀のアメリカ文学は、衛星たるオースターが絶えず立ち返る重力源である。本作では、ナサニエル・ホーソーンという巨人の影にひっそりと生きた娘ローズの作品から引用がなされ、小説全体に絶妙な味わいをもたらしている。奇妙ななかにも真実の響きをもつその言葉は、オースターの作品すべてを凝縮していると言ってもいい。オースターの世界とは、アメリカ文学がかつて夢見た、「もう一つのアメリカ文学」なのかもしれない……とすら夢想させる、その言葉が何であるのか、それは本書を読んでのお楽しみである。

 (ふじい・ひかる 翻訳家)

ポール・オースター著/柴田元幸訳『闇の中の男』978-4-10-521717-4