書評

2014年6月号掲載

国際アンデルセン賞作家賞受賞記念

森羅万象とつながりあう上橋菜穂子の作品世界

野上暁

対象書籍名:『精霊の守り人』
対象著者:上橋菜穂子
対象書籍ISBN:978-4-10-130272-0

 上橋菜穂子が、児童文学のノーベル賞とも言われている、国際アンデルセン賞作家賞を受賞した。日本人としては、まど・みちおに次いで二人目で、なんと二十年ぶりである。この賞は、第二次世界大戦後、本を通して子どもたちに人間性の回復と信頼、平和への願いを伝えたいと、一九五三年に設立されたIBBY(国際児童図書評議会)が創設した。五六年を第一回に、以後隔年で現存作家に贈賞し、これまでケストナーやトーベ・ヤンソンなど世界的に著名な作家たちが受賞している。六六年からは画家賞も創設され、日本人としては、八〇年に赤羽末吉、八四年に安野光雅がこれまで受賞した。
 同賞は、IBBY各国支部より推薦された候補者の中から、国際選考委員によって選ばれる。今回日本からは、IBBY日本支部のJBBYに委託された筆者を含む選考委員四名が上橋菜穂子を推薦。二十八人の候補者の中から六人が最終選考に残り、上橋に決定した。
 彼女は、一九八九年に『精霊の木』でデビュー。地球から移住してきた人々と、精霊を信ずる先住異星人の自然観を対置させて、現代が抱える開発至上主義的な文明観の危うさを照射する極めて骨太な作品で話題を呼んだ。そして九一年、『月の森に、カミよ眠れ』を発表。土着の民の自然信仰と霊域を強圧的に収奪し侵犯することで列島を支配していく、稲作を背景にした中央権力と、それに抗いながらも飢餓に耐えられず屈していかざるをえない山のカミを奉ずる辺境の民の物語で、滅び行く山のカミへの挽歌としての哀切さが心を打つ。
 それから五年後『精霊の守り人』を刊行。短槍使いの放浪の女剣士バルサが、水の精霊の卵を宿した「新ヨゴ皇国」の第二皇子チャグムを、建国神話護持の目的で暗殺を企てる帝の追っ手と卵食いの妖怪ラルンガの襲撃から守るために活躍する。帝が差し向けた刺客と妖魔の手を逃れるバルサとチャグムの様々な闘いは息もつかせぬ迫力がある。アジアと思しき架空の王国を舞台にした無国籍ファンタジーだが、文化人類学者である著者の神話的な世界観が濃厚に映し出されていて、それが作品の奥行きともなっている。これを第一作として、さすらいの女用心棒バルサとチャグムを主人公にした「守り人シリーズ」は、『闇の守り人』、『夢の守り人』、『虚空の旅人』、『神の守り人』来訪編・帰還編、『蒼路の旅人』、『天と地の守り人』三部作、『流れ行く者』、『炎路を行く者』と九九年から二〇一二年まで書き継がれ、数々の賞に輝き作家としての評価が高まる。また『精霊の守り人』のテレビアニメ化も加わり、大人気シリーズとなった。
「守り人シリーズ」執筆中の〇三年、中世日本を舞台に、領地争奪をめぐる隣国の領主同士の怨念と呪術抗争を背景に、人間と動物を超えた異類間の若い命のひたむきな愛を謳い上げる『狐笛のかなた』を刊行する。そして、ここでの人間と動物の共生と異類間の愛は、〇六年に二冊同時刊行された『獣の奏者』Ⅰ闘蛇編とⅡ王獣編へと転位していくのだ。
 傷ついた王獣の子を救いたい一心で、馴らしてはいけないと言われた王獣を操る術を身につけた少女エリンは、リョザ神王国の命運をかけた陰謀に巻き込まれ、瀕死の重傷を負うのだが、結末のエリンの言葉が読み手の心を強く揺さぶる。
 二巻で完結したかに思えたが、『獣の奏者』のアニメ化を契機に、作者の中にエリンの物語の来し方行く末が想起されてきたという。こうして、〇九年に『獣の奏者』Ⅲ探求編とⅣ完結編が同時刊行され、壮大な物語が締めくくられた。翌年には『獣の奏者 外伝 刹那』も誕生する。
 文化人類学者としての彼女は、足掛け九年にわたるフィールドワークを通して出会ったアボリジニの話から、白人文化によって伝統社会が浸食され変容していく記録を『隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民』(二〇〇〇年)として刊行している。彼女の作品世界が、国家や社会の権力抗争を取り込みながら、二項対立的な図式をかわす巧妙さは、研究と無縁ではない。精霊も神も、夢と現実も、あの世とこの世も、人と獣も、それらを自在に往還する呪術的世界観も、文化人類学者としての知見に裏打ちされているだけにリアリティーがあるのだ。それはまた、対立と混迷を深める二一世紀の現在、融和と共存を求める物語の力を世界に示すことにもなる。IBBYの贈賞理由に「彼女の描きだす宇宙は、単なる空間としての広がりでなく、森羅万象の中でつながりあっているようにみえる。上橋は、卓越した創造的想像力の持ち主であり、その作品には、自然と生き物すべてに対するやさしさと畏敬の念が溢れている」とあった。国内選考委員の一人として、彼女の受賞を心から祝福するとともに、日本の児童文学作家が国際的に高く評価されたことの意味は絶大である。

 (のがみ・あきら 評論家)

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