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書評・エッセイ

「急ぎすぎる社会」の危機と可能性

カール・オノレイ『難題解決の達人たち 即効策はなぜ効かないのか』

内山節

 著者の主張が正しいとすれば、人間たちはいま急速に退化の道を歩んでいる。なぜなのだろう。その原因をつくっているのは、急ぎすぎる社会だ。現代は経済でも政治でも、そればかりか自分の人生さえ短期間に結果を出そうとする。そのことが人間たちから長期的な思考、根本から時間をかけて解決していこうという思考を失わせる。どこに根本的な問題があるのかに気づかない人間たちをつくりだしてしまうのである。
 ところがそういう思考や行動をすすめていくと、後に人間たちは大きな代償を払わなければならなくなる。政治でも経済でも、自分の人生にさえ大きな問題を発生させてしまうことになる。
 やっかいなのは、目の前の課題を、たとえ誤魔化してでも乗り切って解決がついたように振る舞うのは、人間の本能の一面にもとづいていることにある。少なくとも著者はそう考えているようだ。だから当面の課題だけを糊塗して事足りたことにしてしまう精神から脱するためには、意識的に、時間をかけて問題にあたることを心がけなければならない。
 だが今日とはそんなに悲観する時代ではないのかもしれない。なぜならそういう時代だからこそ、時間をかけて思考し、根本から考えていこうとする人々も現代社会は生み出しているのだから。
 本書はそういう「スロー・フィックス」な思考と行動を大事にしている人たちを訪ね歩きながら、「スロー・フィックス」がいかに大事なものであるのかを、それがどれほど有益な結果を出しているのか、そういう行動がどんな要素に支えられているのかを示した本である。この要素は難しいものではない。ミスから学ぶ、じっくり考える、全体的に考える、長期的に考える、つねに準備をする、協力し合う、大衆の英知を使う、触媒となる人物を見いだす、権限を委譲する、感情を大事にする、遊びを問題解決に利用する。著者が提起しているのはこのような要素である。そういうことを取り入れている人たちが「スロー・フィックス」な思考や行動を身につけ、素晴らしい創造的な結果を出していることを、著者は見つけ出した。
 小説のような軽妙なタッチで書かれた本書は、経済に携わる人たちに与えられた本であり、政治や社会と向き合う人々に、自分の人生を豊かなものにしていきたい人たちに提示された本である。とともに急ぎすぎる社会がもたらす危機を超えていこうとする文明批判の書であり、危機を乗り超えていく方法を具体的に示した本でもある。
 長期的な思考を失って退化していく人間たちと、それを克服しようとする人々との水面下のせめぎ合い。著者の視点は、そのことのなかにいまの時代の現実があることを浮かびあがらせる。危機と可能性が同時に存在する時代を私たちは生きているという確かな時代認識とともにこの本はある。

 (うちやま・たかし 哲学者)

カール・オノレイ著/松本剛史訳『難題解決の達人たち 即効策はなぜ効かないのか』978-4-10-506671-0