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書評・エッセイ

ユートピアは存在する

――ガブリエル・ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』

梨木香歩

 表題の「ぼくはスピーチをするために来たのではありません」は、若きガブリエル・ガルシア=マルケスが高等学校の卒業式で述べた送辞の一節である。どこか常軌を逸した「熱情の疾走感」といったものの片鱗が、すでにこの十七歳のスピーチに垣間見える。小さな芽生えの本葉が精巧にカエデの形をしているのを見るように。
 本書はそれから彼が八十歳を迎えるまでの六十三年間、折々に行った講演の原稿から成っている。なかでも一九八二年に授与されたノーベル文学賞授賞式でのスピーチ「ラテンアメリカの孤独」は、ヨーロッパ的な洗練、知性、趣味の良さ等とは全く異次元の、ラテンアメリカの抱える桁外れの実情が、祖国と作家との蕩けるような一体感のなかで語られており、圧巻である。その三年後、ハバナで開催された「ラテンアメリカ諸国の主権のための第二回知識人会議」では、世界は二十一世紀を迎え着々と前へ進んでいくのに、ラテンアメリカとカリブだけは、「二十世紀をすっ飛ばして生きてきたのではないか」、前進のための、何か踏むべき手順のようなものを永遠に見つけられないのではないかという、酔いしれるような絶望が縷々述べられ、彼の語りの魔力を思い知らされる。スピーチは苦手、と、若い頃こそ不承不承のようすだが、編者、クリストバル・ペラによれば、彼はこの講演集のテキストを読み返すなかで、「自分が作家としてどのように変化し、進化していったかを再発見した」と述懐したという。
 三十八歳のとき、ガブリエル・ガルシア=マルケスはタイプライターで次の一文を書いた。「長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思いだしたにちがいない。」 周知のようにこれは『百年の孤独』の冒頭に当たる、いうなれば長大な大河の、最初の一滴である。だがこれを書いたとき「この一文が何を意味し、どこから生まれてきたのか、さらにどこへ私を導こうとしているのか見当も」つかなかった、と(講演では)いうのだ。もちろん頭から事実ととってはならない。確かに彼のなかには先行きの「見当もつかず」に目を見開いている自分もいたろうが、なんとなく「見当はついている」静かな彼もまたいたはずである。作家自身にも次の瞬間何が現れるかわからない、臨場感あふれる創作の現場では、書きたいというエネルギーの充溢と同時に読みたいという狂熱が彼を煽っていたに違いない。となれば、語りたい、という衝動とともに聞きたい、という渇望もあっただろう。「われわれとは異なる世界における性質の違い」と題された講演のなかでは、A・ブエンディア大佐が生涯行った戦闘の数を、(原作では三十二回となっているところ)三十三回と述べ、しばらくすると、勢いに乗って三十六回と言い換えている。更に同講演で「……謙虚な思いを込めて申し上げますが、『迷宮の将軍』は我慢できずに詩的な装飾を施したところがあるにしても、歴史的な証言だと自分では信じています」という箇所を読むと、うれしくてたまらなくなる。
 自作の書き手であると同時に読み手、語り手であると同時に、客席でわくわくしながら次のことばが生まれでる瞬間を待っている、聴衆のひとりなのだ、彼は。
 前述した「ラテンアメリカの孤独」では、最後に物語作家が創造するユートピアの可能性に言及している。彼の地の現実とは裏腹に、確実な愛と幸福の可能性に満ち、無数のエピソードを細胞として息づいていくユートピア。一九九五年の講演のタイトルは「ラテンアメリカは存在する」であった。「悲惨な状況の中で分裂し」、未完成ではあるが、「それでも間違いなく存在してい」るラテンアメリカ。そのしたたかなエネルギーがある限り、圧倒的な想像力を備えた生命のユートピアもまた、逞しく存在する。

 (なしき・かほ 作家)

ガブリエル・ガルシア=マルケス著/木村榮一訳『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』978-4-10-509019-7