書評

2014年5月号掲載

紹介できない面白さ

――永瀬隼介『12月の向日葵』

北上次郎

対象書籍名:『12月の向日葵』
対象著者:永瀬隼介
対象書籍ISBN:978-4-10-306772-6

 冒頭近くに、六本木をシマにする暴力団、東鬼会の構成員である香坂一(こうさかいち)が、寿司屋で弓削慎二(ゆげしんじ)と会うシーンがある。二人は都立西八王子高校柔道部の同期生だ。二人はこのとき二十三歳。弓削慎二は浅草警察署勤務の新米巡査である。つまり暴力団員と巡査が、いくら高校時代の同級生とはいえ、一緒に食事していることになる。
 しかも最初から喧嘩腰だ。おまえ、いいのかよ、極道のおれとメシを食って、と自分から誘っておきながら香坂一は言うのだ。極道がどうした、おまえはおれの親友だ、と弓削慎二が言うと、「頭、かっちかち。バッカじゃねえの」と香坂一はいらつくから、なんだか先行きが不安になる。
 目次を見ると、最初が「一九八九年 熱帯夜」で、最終章が「二〇一四年 新緑」だ。ということは、二十三歳から始まって彼らが四十八歳になるまでの二十五年間を描いていくということだ。それが最初から明らかになっている。不吉な予感がするのは、寿司屋に行ったことが若頭の両角薫にバレ、誰と行ったんだと問い詰められるシーンが冒頭に出てくるからである。さらにそれから七年後、「弓削慎二くんは順調に出世している」「おまえのマブダチだろう。ここはひとつ、持ちつ持たれつでいこうじゃないか」と若頭の清水が香坂一に言うシーンがあるからだ。
 ようするに、弓削慎二が出世するのを待って、警察の情報をタレこむように東鬼会がもくろむ方向に進んでいくことを暗示しているのだ。イヤだなあと思うのは、そういう話を読みたくないからだ。突然個人的な感情を露にして申し訳ないが、高校時代の同級生が警察と暴力団にわかれて、それで脅迫したり利用されたりという話は読みたくない。どれほどすぐれた小説であっても、困ったことに私、暗い気持ちになるものは読みたくないのだ。わがままですみません。
 ところが、さすがは永瀬隼介、そういう話にはならない。唐突ながらここで、『サイレント・ボーダー』『アッシュロード』『デッドウォーター』『永遠の咎』という初期四作を思い出す。これらは、「少年犯罪」「家庭内暴力」「希代の殺人鬼」という帯の惹句が禍々しい印象を与えた四作で、たしかに暗く救いのない話だが、それでもそういう小説を読みたくない私がこの初期四作に引き込まれたのは、現代の病巣を鋭く抉る物語を作者がけっしてストレートに描かなかったからだ。人物造形が絶妙で、構成にも凝っているので、そういう個人的な感情を忘れてしまうのである。
 永瀬隼介がその初期四作の路線上の作品をその後もずっと書き続けたわけではないことも、急いで書いておく必要がある。『Dōjō―道場』というユーモラスな作品もあれば、『完黙』のような人情話もあり、特攻隊員が現代にタイムスリップする『カミカゼ』、プロレス小説と思わせて意外な展開を示す『ポリスマン』など、実に幅広い作品を書いている。二〇一二年には昭和史を背景にした『帝の毒薬』という意欲作まで発表していることも見逃せない。
 話を本書に戻せば、私が危惧したような安易な物語を永瀬隼介が書くわけがないのだ。ここまでは書いてもいいと思うが、香坂一が弓削慎二を利用する局面にはならない。だから私と同様に、そういう小説は読みたくないと思っている方は安心して読まれたい。ではこの二人は仲がいいまま進むのかというと、そうでもない。暴力団員と警察官はやはりそんなに親しくしたらまずいのである。では、どうなるか。この二人のドラマを交互に描きながら、物語は思わぬ方向にどんどんズレていくのである。いやはや、面白い。
 弓削慎二が警察のなかで出世していくように、香坂一も東鬼会のなかで出世していくのだが、そのディテールを紹介しだすとキリがないのでやめておく。香坂と弓削は高校時代、同じ女性を好きになり、その女性利恵と結婚したのは結局弓削であったということも書いておくが、弓削と利恵がその後はたして幸せな結婚生活を送ったかどうかはここで触れないでおく。紹介できるのはここまでだ。あとは何を書いても読書の興を削いでしまいそうだ。たっぷりと堪能していただきたい。

 (きたがみ・じろう 文芸評論家)

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