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書評・エッセイ

「どこにでもいる青年」はなぜ人を殺したのか

――読売新聞水戸支局取材班『死刑のための殺人 土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』

小林泰明

 あの事件から6年目の春を迎えようとしている。長い月日が経っても、私は鮮やかに思い出すことができる。「彼」との格闘の日々を――。
 いま振り返ると、異常な日々だった。死刑を望み、連続通り魔事件を起こした青年、金川真大(かながわまさひろ)。彼は死刑になるためだけに人を殺した、日本の犯罪史上でも異例の被告人だった。誰かに恨みがあったわけでも、世の中に対する不満を爆発させたわけでもない。死刑になって自分が死ぬ、そのためだけに、平然と、まるで機械のように9人を殺傷したのだった。
 彼は私たち報道関係者との面会に応じる、稀有な被告人だった。事件の「犯人」と直接話せる機会など、そう多くはない。その犯人から直接、動機を聞けば、事件の解明につながるはずだ。「なぜこんなことをしたのか」。当時、読売新聞水戸支局で事件の取材にあたっていた私たちは、ただその答えを知るためだけに面会を始めたのだった。
 面会すると、「モンスター」とも呼ばれた彼の姿は、私たちマスコミが作り出した虚像にすぎないように思えた。実際に会った彼は、礼儀正しく、言葉遣いも丁寧な、どこにでもいる青年だった。しかし、その「どこにでもいる青年」は、「殺人は悪ではない」と平然と言い放ち、事件を反省するどころか、「助かった人も死んでくれた方が良かった」とさえ言った。アクリル板越しに会話をしながら、私は彼から得体の知れない不気味さも感じ取っていた。
 だが人間とは不思議なものだ。面会で会話を重ね、彼の境遇を知るようになると、情も生まれた。彼は、お互いに無関心で、「筆談」が日常化するような、砂漠のように乾いた家庭で暮らしていた。誰にも頼れず、独りで自殺願望を募らせ、「死刑による死」を選んだ。「さみしかったのだろう」。そう思うこともあった。でも、私は金川の手で肉親を殺された遺族の深い悲しみも知っていた。あまりにつらい現実に、遺族はただ静かに耐えていた。そんな遺族の気持ちを思えば、殺人犯に同情など、していいはずもない。私は時々芽生えそうになる、彼への同情心を押さえ込むのに必死だった。
 作家トルーマン・カポーティの伝記的映画『カポーティ』では、一家4人惨殺事件を題材にノンフィクション小説(『冷血』)を書こうとするカポーティが好奇心から事件に近づきながら、自分と同じように家族に見捨てられた被告人にいつしか同情し、精神的に疲弊していく様子が描かれている。
 たとえ相手が犯罪者であっても、会う、という行為自体が、同情心を生みやすいのは事実なのだろう。ただ、私は彼に同情することはあっても、「カポーティ」のように彼を助けたい、とは一度も思わなかった。私が願ったのはただ一つ。彼に贖罪の心が生まれることだった。人を傷つけ、悲しませながら平気でいる。そんな冷血な人間が世の中にいると信じたくなかった。もし彼に贖罪の心が芽生えれば、遺族の悲しみが和らぐかもしれない、とも思った。
 もしかして、と思わせる出来事もあった。私たちの前で、彼が目に涙をためたことがある。私たちが感情をぶつけると、ひるんだこともあった。「まだ人間らしい感情は残っている」。そう思うと、面会の回数は増えていった。いつしか、私たちは面会を通じて彼の心を変えようとするようになっていった。私は取材者として、というより、1人の人間として彼と向き合い、闘いを挑んだのだった。
 ――死刑執行で彼がこの世からいなくなってから、2月21日で1年が過ぎた。静かに暮らす遺族の気持ちを思えば、彼の存在や事件のことなど、人々の記憶から忘れ去られた方がよいのかもしれない。しかし、それでもあえて本書を世に問おうと決めたのは、この事件が、人が生きる意味や、「死」、そして家族のあり方について多くの問いを投げかけている、と思ったからだ。
 砂漠のような家族の中で唯一、彼を本気で想っていた母親は、事件後、「自分が死ぬことで死ぬことの意味を息子に教えたい」とまで思い詰めた。加害者の家族は、同時に被害者でもあった。そして、私は彼をかつての自分に重ね合わせたが故に、彼を強く糾弾することができなかった。本書では、そうした事件のありのままを、克明に記している。
 19日と23日。毎月、事件で亡くなった2人の月命日が来ると、私は心の中で手を合わせる。そして、今も静かな悲しみの中で暮らす遺族に思いを馳せる。彼の家族はどうしているだろうか、とも――。私はその営みをずっと続ける。そして思う。事件が終わることは決してないのだろうと。

 (こばやし・やすあき 読売新聞記者)

読売新聞水戸支局取材班『死刑のための殺人 土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』978-4-10-335431-4