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書評・エッセイ

『冬眠する熊に添い寝してごらん』刊行記念特集

舞台初日三週間前のインタビュー

――古川日出男『冬眠する熊に添い寝してごらん』

蜷川幸雄

 戯曲をもらってから打ちひしがれて、最初のうちは拒絶症のようになっていました。三ページくらい見ては「開きたくねえや!」って。やっと昨日(二〇一三年一二月一九日)、初めて終わりまで稽古して、方向性が分かってきた。今日は音楽を選び直しています。貧相じゃないほうがいいと思って、声明(しょうみょう)やクラシックよりもっとポップな曲を入れようと。ガチャガチャの乱痴気騒ぎに仕上げたいんです。
 稽古初日(一二月一日)の作家本読みで、僕らは古川さんの根底にあるものを垣間見たわけです。エネルギーとスピードとイメージを感じました。こんなに早く読むんだなとか、本番はこうはいかねえよな、とか。だってト書きにものすごく力を入れて読むんだよ! でかい声で読んだって舞台にそのト書きはないわけだから、どうすればいいか考えました。それで結局、「よし、文字にしちゃえ」って。劇画みたいで面白いから舞台に出すことにした。
 劇場の規模が四〇〇人くらいだと、いわゆるアングラ演劇の「情念の一体化」がしやすいんだけど、八〇〇から一〇〇〇人だとそれを拡大していくのが大変なんですね。下手に大きくするとダメで、小さくすると通じない。今回(八〇〇人)の劇場(こや)がいちばん大変です、言葉が通じる距離というものがあるから。だから「届かないな」という部分は文章を出しちゃう。古川さんが書いたとおりのト書きが出てくる。漫画の吹き出しじゃないけれど、舞台上にバンバン出てきます。
 奔放な戯曲なので演出は全部難しいですよ。もちろんやりにくいものが来ることを期待して古川さんにお願いしたんですが、想像以上にやりにくい。まだ僕らが理解しえていない部分も何カ所かあって、初日までに解けるといいなってところです。三割くらい謎が残ってる。
 たとえば、なぜあの女流詩人は突然現代詩を語りながら登場するのか。普通は出るかもしれないことを予感させる布石が戯曲に打ってあるわけです。それもないままに、今まで大仏の前でおばあさんたちがブツブツ言ってるところへいきなり出てくるから、どうやってこの芝居を観ればいいのかルールが分からない。かつての新劇のように脈絡でつないでいって、原因があるから結果がある、というやりとりをしていたら先に進めなくなる。大仏さんが歪んだ仏壇になったって、人はサイズの合わない仏壇を見てくれるか分かんないじゃない? 熊と犬が着ぐるみで戦ったって実際は暑くて長い間つづけられないし、雪が降っちゃったら終演まで片づけられない。とにかく整理無視、ルール無視のホンですね。
 だから裏方も苦労しています。最近の僕はやりながら作っていくから、その日その場で演出していく。はじめから全部プランがあって、建築のように構造的なものを作るわけじゃない。熊の穴をちゃんと寝られるようにとか、堤防作ってとか、大仏の扉は観音開きがいいとか、ほぼ即興演出です。スタッフは意地でしょうね。僕を喜ばせたい、古川さんを驚かせたい、そういう気持ちでやってるんじゃないかな。全員、終わったら焼肉とふぐと寿司を奢れって僕に命じてますよ。
 俳優は、情熱のレベルが高いから僕はすごく楽です。井上芳雄君や鈴木杏ちゃんや勝村政信たち、一緒に仕事したことのある役者は、もっといい仕事をしたいという想いがあるから「今度は何も言わせないぞ」と僕に対して思ってる。上田竜也君は初めてですが、とてもいい。戯曲の中に心揺さぶられる「情念の地震」のようなものがあって、みんなそれに乗せられて走るんでしょう。
「なんだかわかんないけどすげえもんに遭っちゃったな」という芝居にならないかと考えています。こういう芝居は論理化しても面白くない。観念がいけないということではなく、そう読むべき本じゃなくて、もっと生理で爆発させたい。北陸の山脈を血液の管に例えるなら、あっちの血管の端っこまでいくとか、こっちへ潜っていっちゃうとか、そんなふうにして日本の歴史全体を描いていきたい。あの手この手を繰り出しながら、古川さんの書いた「怒り」をきっちり出していけるといいなと思っています。

 (にながわ・ゆきお 演出家)

古川日出男『冬眠する熊に添い寝してごらん』978-4-10-306075-8