インタビュー

2013年12月号掲載

『動物園の王子』刊行記念 インタビュー

『動物園の王子』と『楽隊のうさぎ』

中沢けい

対象書籍名:『動物園の王子』
対象著者:中沢けい
対象書籍ISBN:978-4-10-437703-9

――この最新長編小説には、リアルな五十代女性の日常が綴られています。

 自分が五十代になって、生きているのがこんなにおもしろくなるとは、思いませんでした。おかしなものです。もう同年代の人で亡くなられた方が何人もいます。作家や評論家として同じ時代に仕事をしてきた人でも亡くなられた方がいます。時々、そういう早く人生を終わった人のことを考えます。みんな長生きになったと言っても、そうでない人もいるわけです。そのせいか、名残惜しいというのとも違うのですが、生きているというのは、これはなかなかおもしろいことだぞという感じがしきりにします。若い頃は人生に対して「どきどき」していて臆病でしたが、最近は「わくわく」していて、だんだん怖いものがなくなってきています。良いことか悪いことかいずれか解りませんが(笑)。

――作家デビューは十代でした。

 もう三十五年も過ぎたのですね。五十年だったらちょうど良い区切りなのですけど(笑)。まだちょっと半端な感じがしてことさらに言い立てるのも、気が引けますが、振り返ってみると文芸に対するセンスとか感覚が大きく変化した時代であったと思います。良くも悪くも教養主義が退潮して、生きていることを楽しむ方向への変化と、もう一つは悩みや不安を抱えた人が孤立して行ったという変化があります。『動物園の王子』の女性三人のやりとりを描きながら、時代の感覚を滲ませるという方法は一九八一年に書いた『女ともだち』と同じものなのですが、『女ともだち』のような作品を書けばいいのにと、よく言われました。『女ともだち』はそれだけ皆さんに愛していただいた作品なのですが、作者としてはどうしても『女ともだち』の持っていた軽やかさのある小説を書く気持ちになれなかったんです。どうしてでしょうねえ(笑)。理由は解りませんが、最近は生きているのがおもしろくなったので、生きていることの孤独や不安はちょっと隠した形で描くのもおもしろいと思えるようになりました。自分の身近な人たちを見ても、たいしたものだなあと感嘆することも多くなりました。

『女ともだち』が「どきどき」の時代なら『動物園の王子』は「わくわく」の時代ですね。

――『楽隊のうさぎ』は新潮文庫でロングベストセラーになっていて、十二月には映画化されて公開されます。

『楽隊のうさぎ』も読者の皆さんに愛してもらった作品です。

『楽隊のうさぎ』の場合は愛してもらっただけではなく、読者の皆さんに育ててもらったようなところがあります。映画も原作の『楽隊のうさぎ』を脚本、監督、音楽監督、出演者それにプロデューサーや浜松市の皆さんに育ててもらったと感謝しています。日本でも「音」という世界を巡る魂の遍歴をこんなに繊細で忠実に、しかも大胆に撮れる時代が来たんだということに喜びを覚えています。撮影の現場には何度かお邪魔しましたし、完成した時に上映会にも招んでいただきましたが、どうも原作者はそこに居てはいけないような気がして困りました(笑)。育った子どものそばに親がしゃしゃり出て行くような感じですね。ここまで皆さんに育てていただいたら、原作者はもうそっと隠れてその姿だけを見ていればいいような感じです。多くの人に新しいものを創造してもらえるインスピレーションを持った作品が書けたことは誇りに思っています。

――次の小説はどのような内容になりそうですか。

『動物園の王子』は十代のときからの女ともだち三人を描きましたが、その後、『魔女五人』という作品を書いています。亥年生まれの五人の女性の家族の話です。私が亥年生まれ、私の母が亥年生まれ、それに母の末の妹、つまり私の叔母が亥年生まれ。おまけに私の娘が亥年生まれなので、それにヒントを得ました。作品では大正十二年の亥年生まれのきくさんという住み込みでずっとお手伝いさんをしてきたお婆さんとその娘。それに昭和十年生まれのお婆さん三十四年生まれの娘、さらにその孫娘と全部亥年生まれの一家ということにしてあります。これをもう少し丁寧に仕上げたいというのが、当面の仕事です。それから、カメラとか自動車とか、物と家族の関係を描いた連作をここ十五年くらいぽつぽつと思いつくままに書いているのですが、その連作もあと一本か二本くらい書き足したいですね。

 (なかざわ・けい 作家)

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