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書評・エッセイ

山本周五郎と私

名前と運命

恩田陸

 昭和三十九年(一九六四年)、六月。
 雑誌「週刊新潮」で一本の連載小説が始まった。
 江戸時代のとある藩で、下級武士の家に生まれた男の一生。彼は決してスーパーヒーローではないし、苦しみながら成長していく過程を、藩の歴史に深く関わるお家騒動とからめて描く。
 連載が始まってすぐに、主人公の幼馴染として、「ななえ」という可憐な少女が出てくる。謹厳実直な主人公を慕っているのだが、主人公は謹厳実直であるがゆえに、「近寄るな」と邪険にしてしまう。すると彼女はぽろぽろ涙を流し、後にある事件が起きるまでは決して声を掛けてこなかった。
 さて、昭和四十一年一月八日号まで連載されたこの小説がまだ序盤であったこの年の十月。
 東京オリンピックに沸く日本の北、転勤先の青森市で生まれた子供に、父親はこの少女の名前をつけた。
 その赤ん坊が長じて本好きの子供になり、やがて自分でもお話を書くようになると、二十代で小説家になった。
 それが私である。
 そして、私が生まれた年に連載していたその小説こそが、山本周五郎の『ながい坂』であった。

『中庭の出来事』で二〇〇七年(平成十九年)の山本周五郎賞を受賞した時、授賞式の挨拶でこの話をした。
 いきなり「昭和三十九年の六月に」と話し始めた時は皆さん面食らっておられたが、私の本名が山本周五郎の小説の登場人物からとったものだというと驚いていた。
 受賞した私も感無量であった。
 まさか、子供の頃から自宅にある全集の背表紙で見慣れていた名前を冠した賞を授かることになるなんて。たぶん、計算したらものすごい小さい確率ではなかろうか。
 我が家には、私がものごころついた頃には四つの個人全集があった。永井荷風、谷崎潤一郎、寺田寅彦、山本周五郎である。こういってはなんだが、我が父親ながらなかなか趣味のいい四人だと思う。中でも、当時からソフトカバーで背表紙に作品のタイトルが入っていた山本周五郎全集は、「ちいさこべ」「さぶ」から始まって、字が読めるにつれてそれぞれのタイトルが頭に刷り込まれていくようになった。
 母親から、私も五歳上の兄も山本周五郎の小説から名前をとったらしい、と聞かされていたが、私のほうが『ながい坂』だと分かったのは中学生になってからだろうか。
『赤ひげ診療譚』や『五瓣の椿』など映像化された作品から読むようになった。逆に言うと、今では当たり前に言われる言葉だが、どれも映像的な作品で驚いた。中学生当時いっぱしのミステリ・ファンを気取っていた私にも、『寝ぼけ署長』は面白い推理小説だった。衝撃を受けたのは『季節のない街』だ。とても優しいのに結局何もせずに子供を死なせてしまう男に、作者が語りかける手法で書いたものは今でも忘れられない。
 そのうち、恐らく何かの拍子に『ながい坂』を手に取ってぱらぱらめくっていてその名前を見つけたのだと思う。それでも、まだ小説そのものは読んでいなかった。
 実際に読んだのは、大学生になってから――しかも卒業間際――だったと思う。それというのも、当時つきあっていた男の子やサークル活動で親しくしていた男の子にその話をしたら、みんなが『ながい坂』を読んでくれて、私にその内容を説明してくれたからである。
 そのうちの一人が、名前をもらった少女のことを「ほんと、いたいけな可愛い子なんだけど、そのうちすげービンボーになって、身売りして、さびしーく死んでいくの」というものすごい大雑把な説明をしたので、「それはあんまりではないか」と思い、確認すべくページを開いたのだ。
 確かに、そこに出てくる「ななえ」はいたいけだった。丸顔で片頬にえくぼができて、ちょっと顎がしゃくれて、という顔など、まるで予言したかのように私に似ている。
 今にして思えば、さすがに連載序盤で名前をもらった父も、その後「ななえ」が苦界に身を落とすところまでは想像できなかったのだろう。更に現在になってみると、いや、もしかすると将来小説書きという苦界に身を落とすところまで予言していたのかもしれない、と思ってしまうのだった。

 最初に読んだ時、『ながい坂』は、いわば公務員である主人公が、自分の仕事と自分の人生の目的とをすりあわせていく、サラリーマン小説みたいだと思ったことを記憶している。恐らく、就職が決まってから読んだせいもあるのだろう。タイトルそのまま、人生を「ながい坂」に見立てたストレートな物語である、と。
 今回改めて読み返してみたが、その印象は今も変わらない。むしろ、現代にも通じる組織内での処世術や権力闘争、公益ということ、市民の幸福ということ、などなど、その内容が全く古びていないことに驚く。
 不気味に思ったのは、この主人公の属する藩がしばしば評される次のような言葉である。
「ここは不思議な国だ。臭いものに蓋というか、起きていることが見えない。知らないところでいろいろなことが決められて、いつのまにか進められていく。誰も何も言わない。表面に出てこない」
 これはまるで現代の日本そのもののようで、場当たり的な政治でコロコロ政策が変わり、せっかく先人が計画したものを苦労して実現し、しかも実際に大いに役に立った堰を維持できず、結局荒れ放題にしてしまう、など、なにやら薄ら寒い心地にさせられる。

 それ以上に、小説家となってから読んだ『ながい坂』は面白かった。
 この、読んでいる時の、大きなふところに抱かれているかのような比類なき安心感はどうだろう。隅々までおおらかなエネルギーが満ちみちていて、読んでいるほうにもそのエネルギーが常に流れこんできて、ちっとも息切れしないのだ。山本周五郎の小説家としての大きさ、優しさに、改めて胸がいっぱいになった。
 多彩でいきいきした登場人物。むしろ主人公がいちばん地味で、その対比として登場する、恵まれているがゆえに苦しむ滝沢兵部、逆に出自に構わず百姓として生きることを選ぶ津田大五の設定が絶妙だ。プライドの高い妻つるに付いてきた侍女頭の芳野、無口だが主人の望みどおりのくぬぎ林を庭に造ってくれた弥助、孤児で利発な七など、脇役も渋い。
 簡潔なのに艶があり、親しみやすい文章。連続ドラマのように、「さあ、これからどうなる」というところで場面を転換し、時間をスキップして全く異なるところから次の場面をスタートする、など週刊誌連載ゆえだろうが、その構成も憎い。
 面白いのは、定期的に語り手となる、一種の神の視点として登場する「山の森番」の存在だ。彼の存在と語りが、「小役人の一生」という主人公から見た物語を、一歩引いて離れたところから俯瞰する額縁の役割を果たし、この物語に一回り大きな普遍性を持たせている。

 ところで、今回読み返していて、もうひとつ疑問が残っていたことに気がついた。
 私の兄は「藤明」という。「ふじあき」と読むのだが、この名前を山本周五郎のどの小説からとったのか実はまだ知らないのだ。
『ながい坂』の最初のほうに「藤明塾」というのが出てきて「あっ、これだったのか」と一瞬思ったのだが、いや、そんなはずはないと考え直した。
 兄が生まれたのは昭和三十四年の七月。つまり、これ以前にもうこの名前が出てくる小説が存在したことになる。
 今さら父に聞く気もしないし、年譜と全集を首っぴきで探すしかなさそうだ。
 これからも、折りにふれ山本周五郎全集にお世話になることは間違いない。

 (おんだ・りく 作家)

山本周五郎 山本周五郎長篇小説全集第11・12巻『ながい坂』(上・下)978-4-10-644051-9,978-4-10-644052-6