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書評・エッセイ

果てしなき書物との戦い

――新潮社編『私の本棚』

恩田陸

 本好きのご多分に漏れず、私も作りつけの本棚のある家に住むのが夢であった。
 だから、家を買うにあたり、条件はとにかく壁。どうせ昼も夜もない小説家稼業。「窓はいいから壁をくれ」というのがしつこく不動産屋に繰り返した条件だった。ところが、物件を探し始めて気付いたのは、新しいマンションほど開口部が大きく、壁がないという事実だった。こういうマンションに住む人は、いったいモノをどこにしまっているのだろうと今でも不思議でたまらない。もちろん、本棚なんか持ってないんだろうなあ。こんなに日が当たったら、本が焼けちゃうし。自然と、中古マンションを捜すことになる。
 物件が決まってから、本棚の設計を頼む。リビングの壁一面、作りつけの本棚。上の六段は四六判の単行本が入るサイズ。下の二段は大型本で、雑誌「太陽」が入るサイズでお願いね。もう一箇所、文庫と新書専用の棚を作ってもらう。上の六段は文庫専用。下の四段は新書。ハヤカワのポケミスが収まるサイズでお願いね。
 これで、かなりの量の本が納まるはずだった。書棚に「海外文学コーナー」「児童文学コーナー」など、長年積んだままだった本がジャンル別に納まっていくのは、これまでに経験したことのない快感であった。
 しかし。実は、引っ越した時から、既に持ち込んだ本が本棚に入りきらないことは分かっていたのである。引っ越す前にかなりの本を処分したのだが、本を処分したことがある人ならご存知のとおり、処分というのはどれを処分するかの選別でまず手間がかかる。更に、古書店に売るか、廃品回収に回すかという選別もたいへんなら、実際に出すのも重労働である。私は雑誌も大好きなので、かなりの量を持っていた。古書店が引き取ってくれない古いグラビア誌のバックナンバーを泣く泣く廃品回収に出したが、泣けたのは未練があるのと、重かったのと両方である。更に腹立たしかったのは、人が苦労して結わえて運び出した本を、どこからともなく現れ、ぐちゃぐちゃに崩して持っていってしまう親爺がたくさんいたことだった。路上に出した廃品は区の資産ということになったんじゃなかったっけ? せめて紐くらい結わえ直していけよ。あー、むかつく。
 そんなこんなで、引っ越し前に時間切れとなり、処分すべきかどうか迷った本が大量に残ってしまい、とりあえず新居に持っていくことにしたのだ。引っ越してからゆっくり考えましょうね。
 本当は、作ろうと思えば、もっと本棚を作るだけのスペースはあったのである。それを二面だけにしたのは、常に本棚を「動いている」状態にして、適宜処分して増やさないようにしよう、と決心していたからである。私はコレクターではないし、取っておきたい「殿堂入り」の本はだいたいもう決まっている。これから先は、この本棚だけでやっていきましょうね。
 そして、三年が経った。皆さんのご想像通り、どちらも全く予定通りにはいかなかった。ゆっくり考えて処分するはずの本は、引っ越し当初と同じ場所にひっそり積まれたままだし、日々送られてくる本や買った本で「動かす」はずの本棚の周辺には、じりじりと本が積み上げられていく。雑誌に連載している読書日記は三ヶ月毎に当番が巡ってくる。ええと、読んだあの本はソファの後ろに積んだあのへんにあるはず。この原稿を書くために、あの山を崩すのか――ついでにそばの山を崩してみる――ああ、またしてもやってしまった、同じ本を買っていた!
 そんな生活は私だけでないと、この本に登場する筋金入りの本読みの皆さん二十三人の本棚ライフを拝読し、深い共感と同情を持って胸を撫で下ろすのと同時に、この人たちと比べて安心していていいのだろうかと一抹の不安を覚えたのである。

 (おんだ・りく 作家)

新潮社編『私の本棚』978-4-10-354022-9