書評

2013年8月号掲載

イルカと恋に落ちた

――鈴木あやの『イルカと泳ぐ』

鈴木あやの

対象書籍名:『イルカと泳ぐ』
対象著者:鈴木あやの
対象書籍ISBN:978-4-10-334491-9

 野生のイルカと目を合わせ、心通わせ共に泳ぐ、それは至福の時――この本は、その感動を伝えるべく、水中モデルとして私自身がイルカと泳ぐ姿と、そんなふうに泳いでいるときに実際に私の目に見えているイルカの瞳や表情を、写真家として撮影した、二つの視点で捉えた写真集です。
「野生のイルカと泳ぐ」とは一体どのようなことなのだろうか? 水族館や網で囲われたイルカではない、大海原に暮らす野生のイルカと泳ぐ。小笠原諸島で初めて野生のイルカと泳ぐまで、全く想像できないことだった。それまで私の人生では、イルカと触れ合うことさえほとんど無かった。しかも海はあまり好きではなかった! そんな私が、なぜこれほどまでにイルカとの世界に魅せられたのか。
 小さい頃から自然や植物が好きだった私は、東京大学農学部、東大大学院でバイオの研究をし、修士課程修了後に企業で研究職に就いたが、研究を仕事とすることや働く意味というものに疑問を抱き、自分が何者であるのかを見失い心の闇に呑まれていった。そんな時、会社を休職し、小笠原諸島へ一人旅をした。
 世界自然遺産小笠原諸島で目の当たりにした驚愕の大自然。圧倒的な自然の中で、次第に心は解放されていった。そして、小笠原諸島の近海にはイルカやクジラがいるらしいということを知り、好奇心から船に乗った。そうして訪れた碧い海の中でイルカと出会い、泳いだその瞬間、イルカの愛らしい瞳とピーピーという鳴き声に恋に落ちてしまったのだ。そこから、私の水中世界が始まった。

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イルカと向かい合い立ち止まる。そのとき、私の目に見えているイルカの表情はこんなにも愛らしい。(撮影:福田克之/鈴木あやの) 


 その後、野生のイルカが暮らす東京都御蔵(みくら)島へ足繁く通い撮影をするようになった。御蔵島のイルカ達は特に人懐こく、好奇心旺盛であった。
 海で暮らす野生動物であるイルカが、興味を持って人間に寄って来る。体をひねり首を振り、高い声で鳴きながら、触れんばかりの距離で目を合わせ、ぐるぐると回り、寄り添い、共に泳ぐ。イルカの方が明らかに人間と遊びたくて寄って来る。なんとも不思議だ。
 もちろんイルカは野生であるため、いつも遊びたいわけではない。睡眠、捕食、子育て、繁殖行動など様々な活動をしている。ただ、餌が豊富で敵も少ないためか、イルカは遊び好きであり、海藻や貝殻、魚やタコなどの生き物を弄んでいることもある。そんな興味の対象が人間に向き、人間と泳ぐのが楽しい! と気がついたイルカが、人間のところへ遊びに来るのである。
 私も楽しい。イルカも楽しい。心通わせ、共に楽しんでゆったりと水中の時間を共有する。

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野生のイルカ2頭が上下になり、ぐりぐりと押し合いながら私の周りを回っていた。好奇心旺盛なイルカは、楽しそうに泳いでいるとこんな風に割り込んで来たりするのだ。(撮影:福田克之) 


 そんなイルカとの世界を、感動を伝えるにはどうしたらいいか。私らしい発信の仕方を! と考え辿り着いたのが、ドルフィンスイマー・写真家・水中モデルという視点の融合だった。これらの視点を組み合わせた作品を生み出していくうちに、多角的な視点から物事を考える面白さや、好奇心が人生を豊かに、より幸せなものにしてくれることを再認識した。
 この写真集を通して、イルカと泳ぐ感動やイルカという海洋哺乳類の面白さ、海に溶け込み泳ぐ心地良さに加え、水中ならではの自由な三次元空間の広がりというものを感じて頂ければと思う。

 (すずき・あやの 写真家・水中モデル・ドルフィンスイマー)

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