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書評・エッセイ

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は「天(あま)つ神(かみ)」ではなかった!

――髙山貴久子『姫神の来歴 古代史を覆す国つ神の系図』

池田千晶

 二〇一三年三月。著者・髙山貴久子(こうやまきくこ)さんは自身の最初で最後のノンフィクション『姫神の来歴』の完成を見ることなく、この世を去った。
 しかし、最後の著者校正を仕上げて自分の責任を果たし、表紙を飾る絵を青木繁氏の「大穴牟知命(おおなむちのみこと)」と指定していった。大穴牟知命、別名大国主命(おおくにぬしのみこと)。この絵には、日本で最も有名な男神の死を嘆く二人の女神が描かれている。著者は女神たちを、本書の主人公として取り上げた、「櫛名田姫(くしなだひめ)」と「丹生都姫(にうつひめ)」に見立てていたのかもしれない。
 櫛名田姫は、須佐乃男命(すさのおのみこと)の妻で八岐大蛇退治の神話で重要な役を担っている女神であり、丹生都姫とは、和歌山県、奈良県を中心とした古社に「天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御妹神」として祀られている女神である。しかし、日本最古の歴史書である『古事記』や、日本最古の正史と言われる『日本書紀』では、いずれもまともに扱われてはいない。
 本書は、この謎めいた二人の女神の来歴を実地に追うことで、日本の古代史の真相を解き明かしていく。本を書くにあたって、著者が信じたものは、『記紀』に書かれた、ほんの一握りの権力者たちの言い分だけではない。その何千万、何億倍もの人々が語り伝え全国の神社の社伝や各地の言い伝えに残された、日本人の「声なき声」である。
 著者は、本の中でこう記している。
 人は、実在しなかった人物やその事績を、長きにわたり、これほどの熱意をもって守り伝えることはするまい。神話の核となっている人物とその背景を、神社の由緒や土地の伝承、民話などからひとつひとつ拾い集めて、『記紀』の記述と照らし合わせてゆくことで、神代といわれている時代の本当の歴史が、おぼろげながら見えてくるはずである。
 この信念に基づいて、千葉、京都、奈良、和歌山、島根、福岡、宮崎、熊本、佐賀と、関東から九州まで広範囲にわたって謎のありかを調べ訪ねた。
 もちろん、「伝承」が学問的に認められていないことを認識していた著者は、自らの仮説を「信頼にたる古記録」や「考古学的な物証」と照らし合わせ、より多くの人が納得できるものに磨き上げていった。探究にあたって参考にした書物には、『記紀』をはじめ五つの『風土記』、『続日本紀』から、隣国の史書である『三国志』、『後漢書』、『三国史記』、『新羅本紀』、『三国遺事』や、「櫛田大明神縁起」、「金輪御造営差図」などの神社に伝わる古文書、そして『今昔物語集』、『吉野葛』などの物語や、『作陽誌』、『丹生の研究』、『アユと日本人』、『海人の伝統』などの研究書があり、歴史書だけでなく幅広いジャンルや年代にわたり、自説を検証していこうとした著者の姿が浮かび上がる。
 これらの書物を調査するにあたっては、著者の取材資料から、全国各地の図書館にもお世話になったことがわかる。単なる“個人の研究のため”に各館の司書の方々は、全力で著者の要求にお応えいただいた。失礼な言い方をすれば、まるで全国に有能な秘書を抱えたようだった。
 こうした十年に及ぶ探究の果てに本書で提示された古代史の新説(真説)は、何よりも著者の驚異的な取材力と鮮やかな推理によって導かれたものである。「八岐大蛇神話」に隠された歴史の真相。それは、須佐之男命による“弟殺し”の事件であり、正史にとってきわめて不都合な歴史であった。さらに、著者は誰も予想しえなかった深部を探り当てる。天照大御神は「天つ神」ではなく、日本古来の「国つ神」であるというのだ。
 ここに至って、『記紀』の虚偽が剥ぎ取られ、「天岩戸神話」と「天孫降臨神話」の真実が明かされる。本書に示された国つ神の系図は古代史ファンには衝撃だろう。
 しかし、著者は決して自身の説を押し付けようとはしない。ただただ、信じていただけである。著者が「おわりに」でも書いたように、『姫神の来歴』は、さまざまな危機に見舞われた国を支えた“ふつうの人々”の存在を信じた証である。

 (いけだ・ちあき かんげき屋社長)

高山貴久子『姫神の来歴 古代史を覆す国つ神の系図』978-4-10-333851-2