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書評・エッセイ

「普通」が「特別」になる秘密

――梅 佳代『のと』

朝井リョウ

 梅佳代さんのことを初めて知ったのは高校生のときです。子どもや中高生、家族などの日常を撮った写真に、「誰でも撮れそうなのに、実は誰にも撮れない」と謎めいた印象を抱いたことを覚えています。『のと』は、梅佳代さんの故郷・能登半島の人びとを撮った写真集になるわけですが、この写真集によってその謎が少し解けたような気がしました。
 特に気に入ったのは、七人の男子中学生が教室の中で、みんな笑顔でピースしている写真。だーれもかしこまっていない。また、その後に出てくるお祭りのときの一枚では、その子たちがボンタンを穿いて悪ぶっていたりする。そうそう、祭りではちょっとがんばっちゃうんだよね、と、微笑ましくなります。彼が家族に隠れてボンタンを穿くその瞬間を短編小説にしたいと思わせるような愛おしさです。
 そう、登場する被写体の誰を見ても(子どもやおじいさん、おばさんや犬までもが)、ちょっとした物語の主人公に見えるのです。お会いしたことはないので想像でしかありませんが、きっと梅さんは、写真を撮るという行為を特殊なものとは考えていないのでしょう。写真及び写真家は、カテゴリーで分けると「芸術」及び「芸術家」で、そういう立場にいればいくらでも、「芸術家ぶれる」はずです。でも、梅さんはそうはしない。謙虚にしているわけではなく、きっと自然に無意識に。そんな梅さんだから、カメラを向けても被写体が自分を客観視しないのです。そして、「自分の世界外からの客観性を持たないこと」、これは、すぐれた物語の主人公に共通していえることだと思います。梅さんに撮られると、みんな、愛しい物語の主人公になるのです。これが、「誰でも撮れる写真」(=梅さんの写真を批判する人がよく使う言葉)のようでいて、絶対に真似できない秘密の一つだと思います。
 写真は瞬間を切り取るものなのに、梅さんの写真を見ていると、被写体の未来を想像せずにはいられなくなります。この少女たちはどんな大人になるんだろうとか、祭りだけ張り切ってる男子は高校生になったらグレるかな、とか。梅さんが被写体に根ざしている――彼らが笑って泣いて生きている、そんな息遣いまでも写しているから、写真の中に時間軸を感じるんです。きっと梅さんはレンズを向けるとき、ひとりひとりに、「世界の中心」を感じているのではないでしょうか。
 そんな風に勝手に想像して勝手に楽しんだわけですが、被写体の未来だけでなく同時に、自らの懐かしさも感じました。能登に馴染みもないし、もちろん被写体と知り合いでもないのに、不思議な感覚だな、と。小説で言えば、万人に共通したものよりも、ものすごく個人的なことを書いた方が普遍性を得られると僕は考えているのですが、それと同じで、パッと見て万人が共感するものではなく、ものすごく個人的な瞬間をつかむ能力が、梅さんは抜群に優れているのだと思います。例えば、小さい女の子がバナナを横にして目を隠し、その鼻の先にバナナについていたシールが貼られている写真。バナナを食べるという行為は誰しも身に覚えがありますが、そうではなく、「この子しかやらないこと」の瞬間を捉えている。でもその方が、親しみやすさだけでなく、万人に共通した懐かしさを呼び起こしたのではないか、と感じました。その痛点の見抜き方が絶妙なのです。
 また梅さんの捉える瞬間は、読者の記憶を補完してくれもします。メイクしすぎて顔が白く浮いてしまったおばさんの写真には、「こういう親戚いたよね」と懐かしみ、体育館で楽しそうに体操する女子の写真には、「ストレッチってスポーツじゃないのに楽しかったよな」と思い出すことができる。たとえそんなおばさんがいなくてもストレッチの思い出がないとしても、です。こうあって欲しい少年少女時代、こうあって欲しい故郷――そんな望みを叶えてくれ、理想で充たしてくれているとも言えるでしょう。
 僕も、「日常を描く作家」とよく評されるのですが、特別なことが何も起こらないなかで作品を生み出すのは、実はとても難しいです。でも、それは快感でもある。というのは、普段見逃されている「特別ではないこと」を捉えて形にすると、その瞬間に、「特別なもの」に生まれ変わるからです。それがとにかく気持ち良い。表現方法は違えども、その快感は小説も写真も変わらないような気がします。『のと』にはそんな気持ち良さが、めいっぱいつまっています。
 デビュー時から変わらぬスタンスで撮り続けている梅佳代さん。「普通」でない「普通」を捉え続けるその姿は、いまの僕にとって大きな励みなのです。五作目の写真集『のと』に、これからも僕は背中を押され続けるでしょう。(談)

 (あさい・りょう 作家)

梅佳代『のと』978-4-10-333681-5