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インタビュー

『ゆうじょこう』刊行記念 インタビュー

少女は、書くことで考え始めた

村田喜代子

――『ゆうじょこう』は、硫黄島から熊本の遊郭に幼くして売られてきたイチという少女が主人公です。遊女という題材を選んだのはどうしてですか。  

 熊本には二本木遊郭という廓があり、なかでも東雲楼(しののめろう)は全国でも五本の指に入るといわれていました。いまはすっかり様変わりしているのですが、最近まで東雲楼の建物が一部、残っていたのです。それがいよいよ取り壊されるというので見に行ったのがきっかけです。

――東雲太夫の部屋子としてイチは廓での生活をスタートさせます。

 東雲楼の主人は大阪堂島の米相場をしきっていました。京都島原のよりすぐりの遊女を金に糸目をつけず引き抜いて、熊本に連れてきます。そして彼女に楼の名・東雲を与えたのです。東雲太夫は読み書きはもちろん、和歌、茶、生け花なども嗜む一種の教養人です。新入りの娘たちに化粧の仕方や言葉遣いなどを教える教育係でもありました。

――イチは遊女の学校にずいぶん熱心に通う少女ですね。

 遊郭のそばには手紙を代筆する代書屋が必ずありました。客への恋文などの代筆を頼んだりしたからです。でも遊女自身も読み書きがまったくできなくては困ります。楼主と交わす証文が読めないと、せっせと働いているのに、インチキされていつまでたっても借金が減らないということにもなりかねません。

 大きな遊郭街には、明治になると女紅場(じょこうば)という  遊女のための学校ができました。そこでは、作文や習字のほか料理や裁縫、活け花など女性として嗜むべきことも教えていました。二本木遊郭の女紅場の開設は新聞記事にもなり、生徒が三百人以上いたそうです。

――イチが書く作文がなかなか魅力的です。

 女紅場でイチは元士族のお師匠さん・赤江鐵子に言葉や文字を教わります。自分の名前に始まり、太陽や月、山、海、風など世界を知るべき言葉を少しずつ学んでいきます。

 お師匠さんはイチたちに日記を書かせ、イチは毎日懸命に文章をひねりだします。そうやって言葉を書くことがとても重要です。というのは、私たちは生まれながらに物事を考える能力をそなえているわけではありません。言葉を知り、使うことによって、はじめて人間らしく思考し始めたのではないでしょうか。新たに獲得した言葉によって、それまで知らなかった男と女の世界をイチはきちんと考えるようになります。素朴な少女が書くという行為を通じて、世の中をみつめ始めるのです。

 でも、幼い少女の拙い作文を大人の私が作るというのもなかなか一筋縄ではいきませんでした。そこで、イチの文章を鹿児島弁にしたら、少しでも作文の味わいが生まれるのではないかと思いました。井上ひさしさんの『吉里吉里人』でも、川端康成の『雪国』を東北弁に変えるなどとても効果的ですよね。

――妊娠して生まれた子とともに廓を去る紫太夫や廓を脱走するナズナという少女などもこの作品には登場します。ついには、イチは東雲太夫たちとともにストライキを起こします。

 紫太夫やナズナのことを作文に書くことによって、イチはそれまで当然のことだと信じていた廓の世界のしきたりに疑念を抱き始めます。そして、ついにはストライキに加わるという大胆な決断をするまでに至るのです。

 この作品は、明治三十三年、実際に東雲楼で起きたストライキ事件をもとにしています。五十人もの女性が参加、さまざまな妨害にも抵抗し続けました。結局楼主側も妥協せざるをえませんでしたし、そののち各地で盛んになった廃娼運動をもたらすことにもなりました。イチのように自分に目覚めた少女は現実にもおおぜいいたのでしょう。

 (むらた・きよこ 作家)

村田喜代子『ゆうじょこう』978-4-10-404104-6