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書評・エッセイ

抑制された筆が掘り起こす覚悟

――杉山隆男『兵士は起つ 自衛隊史上最大の作戦』

有川浩

 これほど強い意志に貫かれた原稿は他に知らない。
 決して読者の感情をいたずらに揺さぶり、物欲しげに共感や涙を煽るようなドキュメンタリーにはすまいという鉄のような意志だ。
 この意志の裏側に、私のよく知っている人たちを見た。
 自衛隊という組織に務める人たちの忍耐と清廉さが、この本を拠って立たせる背骨となっている。
 小説という別のジャンルからだが、私も自衛隊という組織と付き合って十年ほどになる。
 私が彼らに話を聞くのはもちろん平時だ。平時に「有事」の心構えを聞く。彼らは平時はとても親しみやすく、楽しい人たちだ。気軽な冗談や雑談を話すのと同じ口から、さらりと有事の覚悟は語られる。
 いつしか、「あわや」という時事を耳にすると「彼らはどう考えるだろう」「どう動くだろう」と考えるようになった。
「あわや」が収まった頃に「あのときはどうしておられましたか」と尋ねる。彼らの返事と私の予想が大きくは食い違わないようになってきた。
 そして、あの日――3・11である。
「あわや」どころではない、完全なる有事だ。彼らはどう動いたのか。
 私が平時に聞いていた彼らの心構えには、何の嘘偽りもなかった。日頃の鍛錬にも妥協や慣れは何一つなかった。
 その事実を『兵士は起つ』は淡々と教えてくれた。
 私が「知っている」と思っている彼らが、そのまま『兵士は起つ』の中にいた。
 抑えた筆致は、自衛隊をよく知る人ならではだ。
 本書のエピローグで、一人の陸上自衛官が語る。
「自衛隊は目立たない方がいいのかな、と。自衛隊が大きく報道されるってことは、やっぱりそれだけ大変なことが起きているということなので……」
 私は空自で3・11に関してまったく同じ趣旨のことを聞いた。
「自衛官をヒーローとして書かないでください。本当なら自衛官は活躍しないまま退官することが一番いいんです」
 きっと海自でも同じことを言う人がいる。それは三幕に共通する彼らの志だ。
 その志に常から触れている人だからこそ、これほど冷静に、公正に「あの日の彼ら」をリポートすることができたに違いない。
 いくらでもドラマチックに、ヒロイックに書くことが可能な題材である。しかし、それを誰より自衛官たる彼らが望まないことを筆者は知っている。
 その抑制された筆が誠実に掘り起こすのは、「自衛官の本領」である。発揮することなど未来永劫ないままであれと願いつつ、彼らはそれを鍛錬することを決して怠らない。
 本書の言葉を引用する。彼らは「来るか来ないかわからない、〈いつか〉のために備えている」。「〈いつか〉が、きょうであってもあしたであってもいいように」。
 それは掛け値なしの事実であった。彼らにとってはことさら声高に語るまでもない、単なる事実に過ぎなかった。そのことは、既に何度も証明されている。
 自衛隊に関してはさまざまな意見があろう。思想信条もあろう。しかし、私たちの「日常」が、彼らの覚悟に支えられていることだけは紛うかたなき事実である。
 彼らの覚悟があってこそ、私たちは有事のことなど日頃は忘れたような顔をして生きていられる。
 そのことが改めて身に沁みた。

 (ありかわ・ひろ 作家)

杉山隆男『兵士は起つ 自衛隊史上最大の作戦』978-4-10-406205-8