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書評・エッセイ

魚の目で見た津波の海の再生物語

――鍵井靖章『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』

鍵井靖章

 この写真集は、東日本大震災直後から2012年12月まで、岩手県宮古市の海を継続して撮影した記録です。週刊誌の依頼で、震災直後の4月に、海中撮影に向かいました。編集部の狙いは、海に引きずりこまれた人間生活の痕跡を撮ることでした。それを誰よりも早く記録することと同時に、私にはもうひとつの思いがありました。それは、震災の海で逞しく生き残る海中生物たちを撮影することでした。誤解を恐れずに言うと、当時の報道は、人間活動に関わることばかりで、あたかもこの国土には人間しか生息していないのか? と思わせるものでした。私も関東圏に小さな子供と住んでいます。確かに最優先は、家族の健康と未来なのですが、誰かひとりでも人間以外の生き物への関心や思いやりがあっても良いではないか? と私は思ったのです。人間の社会活動しか見ない、もしくは重視しない世の中が、このような危ない社会を生み出したのだと言うこともできるのではないでしょうか。
 また、海中の生き物を撮影することを生業とする者として、一番最初に報道される震災の海中の様子が、生き物への視点を欠いたものにはしたくなかった。瓦礫の写真だけにはしたくなかったのです。
 最初は4月3日から3日間、岩手県宮古市と大船渡市の海に潜りました。どちらの海底も、陸上の景色と同じで、瓦礫が折り重なり、散在していました。私は海底に呑み込まれた人の暮らしの品々を撮影すると同時に、生き物の気配を探っていました。しかし、ヒトデや貝は見つかるのですが、泳いでいるお魚の姿を見つけることができませんでした。

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津波に流されヘドロにまみれたランドセルにヒトデがついていた。2011年4月5日 大船渡市赤崎


 そんな中、2日目の午後に潜った宮古市の製氷工場前の岸壁の下で、ダンゴウオという小さなお魚に出会うことができました。ダンゴウオは、東北を代表するかわいいお魚で、ダイバーに絶大なる人気があります。まったくお魚を見なかった海底で、私は普段でも簡単には見られない、期待以上のお魚に出会えたのです。それは、震災で傷ついた海底で見つけた小さな奇跡でした。そして、その出会いは、私が震災の海に潜る意味を明確にしてくれました。

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かわいいダンゴウオ発見。君に会えて、本当によかった!2012年12月19日 宮古市浄土ヶ浜


 それから、どんどん明るみになる放射能汚染が気になり、潜る勇気を持てない時期もありましたが、あの日から約2年間で、100回以上の潜水を繰り返して、震災の海に生きる命の姿にファインダーを向け続けました。「生き延びた海の生き物たち」、「震災の川に戻ってきた鮭」、「漁師が願う海藻の森の再生」、「岩手県の海の素顔」、「震災の海で生まれた新しい生命」、などと時間の経過と共に私の視点やテーマも少しずつ変化しましたが、いつも生き物たちの傍らで撮影することを心掛けました。なかでも、ダンゴウオの孵化の場面に立ち会えたことは、この写真集をまとめる良いきっかけとなりました。天敵の貝に巣穴を襲われるなど、厳しい場面にも遭遇しましたが、様々な苦難を乗り越えて、無事に生まれてきたダンゴウオの赤ちゃんは、とても可憐で美しく、その姿に震災の海が再生していくことを予感せずにはいられませんでした。瓦礫の残る海底で生まれてくる命は、全て希望の光なのです。

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震災から1年半を経て、沈んだ車のタイヤにアオサが着生していた。2012年8月29日 宮古市日出島


 ダンゴウオだけでなく、様々な生き物たちが、ゆっくりと、そして着実に再生していく東北の海の姿をご覧ください。

 (かぎい・やすあき 水中写真家)

鍵井靖章『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』978-4-10-333581-8