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書評・エッセイ

あの震災で隊員たちから託されたもの

――杉山隆男『兵士は起つ 自衛隊史上最大の作戦』

杉山隆男

 あまり知られていない事実ですが、2011年3月11日、何人もの自衛隊員が津波で流されていました。宮城県にある陸上自衛隊の多賀城駐屯地周辺での出来事です。ここでは基地自体が、津波に襲われました。訓練などで出かけているときに地震にあい、急いで駐屯地に向かっている最中の隊員たちが、次々と津波に呑みこまれていったのです。私が把握しているだけでも、その数は少なくとも十数人に上ります。しかし、亡くなった隊員は、わずか一名だけでした。
 それどころか、彼らの多くは、津波に流されながらも自力で濁流を泳ぎ、流されていく子供を助けるなど、多くの人命を救助していました。さらには、建物などに一時的に逃れることに成功すると、今度はそこを拠点に、急造の筏などで、すぐさま自主的に救助活動を開始しています。隊員たちは服を着たまま泳ぐ訓練を経験しているし、何よりも普段から肉体の鍛錬を続けています。おそらく一般の人であれば、他人を助けるどころか、自分を助けることさえ難しかったでしょう。この作品は、そんな驚くべきドラマから始まります。
 この多賀城駐屯地で、私は朝から夕方まで隊員たちに話を聞き続けました。その数は50人ほど。取材期間は1週間近くに及びました。そのとき隊員のうちの何人かが、話をしながら涙を流しました。これまで20年にわたって隊員たちの取材を続けてきましたが、そんな経験は初めてのことでした。
 震災後、すぐに救出活動に出動した彼らは、生存の確率が大きく下がると言われる72時間を経過した後は、数多くの遺体を収容する作業をすることになりました。意図せざる死を迎えた人々の亡骸と向き合い、その体験が蓄積されてゆく。そのときの話をしているうちに、何かのきっかけで感情のたががはずれてしまうのでしょう。といっても彼らは号泣するわけでも、すすり泣くわけでもありません。話をしながら、ただ自然と涙があふれ出してきて止まらなくなるのです。
 私が自衛隊員の取材を始めた92年頃、メディアが隊員たちの姿を取り上げることはほとんどありませんでした。彼らがどのような思いで自衛隊に入り、どのような任務をこなし、どのような家庭を持ち、どのような生活をしているのか。身内に隊員でもいない限りはほとんど知るすべがありませんでした。「兵士」シリーズ第一作『兵士に聞け』の目次は「日蔭者」という言葉から始まっています。当時の日本人にとって、彼らはまるで別の世界で生きている住人のようでした。
 しかし今回、自衛隊はこれまでに経験したことがないほどの熱い支持を国民から受けました。最初に被災地へ取材で入ったときに、私はヘルメットをかぶり、隊員たちと同じような格好をしていました。すると自衛隊員と勘違いされ、すれ違う人たちから次々と「ご苦労さまです」「ありがとうございます」と声をかけられました。彼らがどれほど感謝されているのかを身をもって知らされることになりました。
 以前、戦闘機のパイロットに取材をしているときに、こんな話を聞いたことがあります。平日は絶対にお酒を飲まない。飲むのは、翌日に飛行訓練がない金曜の夜だけ。そして飲むときにこう思う。「明日死ぬことはないんだな」と。これほど「死」を日常的に感じている若者が他にいるでしょうか。彼らは、非日常を日常として生きています。そしてそんな彼らの存在が、私たちの日常を支えているのです。
 私がさまざまな取材の現場で思い知らされてきたこの事実を、3・11をきっかけに多くの人々が感じたはずです。この本の第三部では、原発対処の任務についた隊員たちの姿をレポートしていますが、福島第一原発にヘリコプターから海水が投下されたあの瞬間、非日常を生きる彼らの存在について、日本国民は理屈抜きで何かを感じさせられたことでしょう。火の中の「石」を拾うのは誰なのか――思想信条を超えて、その事実を突きつけられた瞬間でした。
 この作品は、私が書いたというよりも、私が隊員たちに書かされたものだと思っています。もしこの作品に何かの力があるとすれば、それはすなわち、私に託された隊員たちの言葉に力がある、ということなのです(談)。

 (すぎやま・たかお 作家)

杉山隆男『兵士は起つ 自衛隊史上最大の作戦』978-4-10-406205-8