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書評・エッセイ

『リカーシブル』刊行記念特集

健気な中1ヒロインの誕生

――米澤穂信『リカーシブル』

瀧井朝世

 米澤穂信の青春ミステリは、謎解きの完成度の高さはもちろん、少年少女たちの精神的な成長で読ませる。そのためか、主人公たちは何らかの屈託や枷を抱えている設定が多い。とは分かっているが、それにしても越野(こしの)ハルカの置かれた状況はとりわけ過酷だ。田舎に伝わる伝説というオカルティックな題材に、地方都市や家族の問題を絡めた新作長編ミステリの『リカーシブル』の主人公である。
 ハルカは中学校に進学する春、母親と弟とともに母の故郷である地方の坂牧(さかまき)市に越してくる。過疎化が進むこの町にあえてやって来たのは、父が職場の金に手を出して失踪し、居場所を失ってしまったからだ。実は両親は再婚同士で、ハルカは父、小学3年生の弟サトルは母の連れ子。つまりハルカは母と弟と血のつながりはない。家族を裏切った男の娘である自分の面倒を見てくれる母に感謝し、聞き分けのよい子として振る舞っているハルカだが、サトルとはケンカもするごく普通の姉弟のようである。
 だが、坂牧市に越してきてからというもの、サトルに奇妙な言動が見られるようになる。未来を予言することを口にしたり、はじめて来たこの町のことを知っているかのように話したりするのだ。不思議に思っていたある日、ハルカは学校の社会科教師からこの町に伝わる「タマナヒメ」の伝説を教わる。この土地に危機が訪れるたびに、タマナヒメに憑依された人間が人々を救っては自らの命を落としてきたという。この土地の過去も未来も把握しているという点で、タマナヒメとサトルは似ている。まさかと思いつつも、ハルカは嫌な気持ちをぬぐいされない。一方、クラスで親しくなった蕎麦屋の娘、リンカからは「水野報告」をめぐる噂を聞かされる。数年前、高速道路の誘致先にこの町を推薦する報告書が紛失すると同時に、執筆者の水野教授が町の橋から落ちて死亡。大人たちは今もその報告書の行方を捜しているというのだ。
 町の不穏な空気、弟の奇妙な言動、母親との微妙な関係、やがて起きる事件。戸惑い悩み苦しみながらも、ハルカはタマナヒメや水野報告について調べを進め、子どもながらに推理を組み立てていく。やがて彼女が行きつく真相に関しては、その材料が前半の随所にちりばめられており、読者も推理可能。フェアな謎解きの醍醐味がたっぷり味わえる。
 それも魅力ではあるが、読み進めるうちに心を奪われていくのはハルカの健気さだ。哀しいかな彼女は、大人たちが自分を守ってくれないこと、必ずしも正しくはないことを自覚している。この少女は母親の自分に対する愛情の欠落を察知しているし、町の大人たちが捜し求める水野報告が絶対的なものではないと分かっている。報告書によって必ずしも町に高速道路が誘致されるとは言えないし、仮に誘致されたとしても、町が潤うとは限らないと、きちんと判断しているのだ。また、理不尽な世の中と対峙しているのは実はハルカだけではない。終盤には、伝説上の人物であるタマナヒメの諦念も、うっすらと浮かび上がってくる。これは拠り所のない不安定な世界で、諦念を抱きながらも自らの道を選んでいく少女たちの物語でもあるのだ。
 思えば米澤作品の若者がみな苦悩しているといっても、少年は内的な悩み、少女は外的な枷を抱えているケースが多い。〈古典部シリーズ〉の探偵役、折木奉太郎(おれきほうたろう)は無駄な行動を嫌う省エネ主義、〈小市民シリーズ〉の小鳩常悟朗(こばとじょうごろう)は悪目立ちしない小市民主義。ダークな青春小説『ボトルネック』の少年リョウも、パラレルワールドに行ってしまうという外的なプレッシャーはあるが、その苦悩の主軸は己のアイデンティティの問題。一方、『さよなら妖精』のヒロインである留学生マーヤは母国が複雑な状態にあるし、『折れた竜骨』の少女アミーナは領主である父が殺された事件の謎を気丈に追っていく(少女が主人公の米澤作品には『儚い羊たちの祝宴』もあるが、こちらはまた読み心地の違った短編集)。「米澤さん、なんで女の子ばかり苛めるの!」と言いたくなるが、しかしだからこそ、どの作品でも少女たちの芯の強さが浮かび上がり、胸を打つ。本作品もラストのハルカの気丈さに泣けると同時に救われる。米澤作品において、忘れがたく魅力的なヒロインがまた一人誕生した。

 (たきい・あさよ ライター)

米澤穂信『リカーシブル』978-4-10-301473-7