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書評・エッセイ

恋愛に悩める大人への、リアルな練習問題

――柴門ふみ『大人のための恋愛ドリル』

藤田香織

 突然ですが質問です。現在進行形で交際している異性のいないあなた。「今、恋愛したいですか?」
 今年四十五歳になるバツイチ独身の私は、正直言って「……別に」である(ちょっと古い)。それなりに年を重ねた分だけいろいろ言い分はあるけれど、端的に言うと「面倒くさい」からだ。まだほんの恋愛初心者だった頃は、恋を自らのエネルギーに変換して突っ走ることもできたが、ある程度経験を積み、酸いも甘いも噛み分けてきた(つもりの)今となっては、「なんかもういいやって感じ」なのだ。
 もちろん「ある日突然、運命的な出会いがあり、互いに惹かれ合い恋に落ちてしまった」的な奇跡が起きれば話は別だ。けれど、そんな奇跡はまず起こらない(起こらないから奇跡なんだし)。となれば、誰かと恋愛状態に至るためには、まず「出会い」を求めて活動する必要がある。髪型、服装、メイクに言動。今さら「モテ」を意識して振る舞うなんて気が進まないし、好ましいと思える相手がいたとして、趣味や収入、仕事や物事の価値観を探りだすのも億劫だ。全てがクリアになったところで、忙しい時間をやりくりし、気を使い、金を使い、キスしてセックスしてまた来週! って、どうなのよそれ。そんなに楽しいか? と、思ってしまう。
 何よりも、自分の感情が乱されるのがメンドクサイ。恋愛は嬉しい、楽しい、大好き! なだけでは終わらない。見栄、嫉妬、怒り、不安。あの切なさも、あの虚しさも、もう想像するだけでメンドクサイ。そんなことなら、仕事も忙しいし、気の合う友人もいるし、休みの日は自分の好きなことをしていたい。それが不幸だとも思えないのだ。
 けれどその一方で、矛盾するようだが、私の心のなかには「誰かに大切にされたい」という欲望もある。いつの間にやら、自分で自分を励まし甘やかす術を覚え、ひとりで暮らすことにも慣れたが、ときどきふと、誰かの手が恋しくなる。甘えたい、許されたい、抱きしめて欲しい、と思う。だけど恋愛は面倒くさい。相反する気持ちの間で揺れながら、果たして自分以外の大人たちはどんな恋愛観を抱いているのか、長年、密かに気になっていた。
 かつて「恋愛の教祖」と呼ばれた柴門ふみが〈今現在、恋愛問題に悩んでいる人たちから直接話を聞き、一緒に問題点を考え〉たという本書には、実に様々なイマドキの大人たちの恋愛模様が綴られている。
 妻子がありながら、いちばん多いときには八人の女性と同時に付き合っていたという外資系金融会社のサラリーマン。ひょんなことから知り合った美容師とキスをし、結婚二十年目にして初めて夫以外の男に欲情してしまった主婦。十二歳年下の彼女と六年付き合っていながら、結婚するつもりはない男もいれば、美人なのにリアル恋愛には関心がなく、女形の役者ばかりを追いかけている女もいる。「大人の恋愛」ゆえに、不倫、略奪、離婚、年の差と「何でもあり」だが、大人だからこそ恋心やときめきレベルで留まる恋もある。
 これが実に興味深い。
 誰彼かまわず、いつでもどこでも「恋バナ」ができた若い頃とは異なり、何かと忙しない日常を過ごす大人になると、他人の恋愛話を聞く機会は意外に少ない。結婚していればおいそれと話すわけにはいかないし、独身であっても社交の場において空気を読むことは必須。おのずと限られた親しい友人レベルでしか恋愛話は交わされなくなる。実際に、今起きている恋愛問題が次々と提示される本書は、例題を読んでいるだけでも幾多の驚きと発見があるのだ。
 偶然再会した幼なじみに口説かれ、W不倫も辞さぬ勢いだった人妻が相手を「一瞬で嫌いになった」理由。似合いの美男美女のカップルだったのに、男がモデルさながらの彼女を振ったわけ。「そんなバカな」と眉を顰めることもあれば、「わかるわかる!」と思わずニヤリとするケースもある。
 好きな男のタイプを問われ「優しい人」と応える女たちが増えている現状を、著者は〈女性が外で働くようになり、職場で厳しく扱われ始めたからではないだろうか〉と考察し〈専業主婦が女性の生き方の主流だった今の五十代以上は、男に優しさを求めてなんかいなかった。外で稼いできてさえくれれば、「優しさ」は、むしろ妻が夫に与えるものだった〉と説く。随所に散見するそうした参考意見に導かれ、自分なりの答えを探していく時間は、「面倒くさい」派であっても存外に楽しかった。
 成功した成金男のトロフィーワイフではなく〈富も名声も持たないブ男に美人妻〉という夫婦はなぜ存在するのか。
 難問でした、本当に!

 (ふじた・かおり 書評家)

柴門ふみ『大人のための恋愛ドリル』978-4-10-431703-5