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書評・エッセイ

『私と踊って』刊行記念特集

エッセンスを凝縮した十九の物語

――恩田陸『私と踊って』

大森望

 わが家の小学生の子供たちが今年いちばん熱心に見ていた連続ドラマが、北川景子主演の「悪夢ちゃん」。ご承知の通り、恩田陸『夢違』が原案としてクレジットされてますが、夢を映像として記録する機械が登場するのを除けば、『夢違』とストーリー上の共通点はほとんどない――と思ったら、「悪夢ちゃん」は、(予知夢を見ていると日本で初めて認定された人物だと『夢違』で言及される)古藤結衣子の幼少期を描く前日譚らしい。それにしても、まさかうちの子が古藤結衣子(木村真那月)の顔真似をして遊ぶ日が来ようとは……。
 とはいえドラマの「悪夢ちゃん」にも、“夢札”という奇妙な語感や、夢と現実の混交、理に落ちない不思議な余韻など、随所に『夢違』のエッセンスを感じさせる部分があって、大人が見てもけっこう面白い。
 そういう恩田陸の個性を凝縮する短編と掌編を集めたのが、本書『私と踊って』。『図書室の海』『朝日のようにさわやかに』に続く、著者の第三短編集(連作を除く)にあたり、二〇〇七年から二〇一二年にかけて発表された十八編に書き下ろし一編を加えた計十九編を収録する。ミステリ、怪談、SF、紀行など、小説の傾向はさまざまだが、そのうちの八編はごく短い(数ページの)ショートショート(残り十一編とはべつの書体で組まれている)。
 たとえば、二〇〇七年の年刊日本SF傑作選『虚構機関』にも再録させていただいた「忠告」は、〈小説新潮〉同年十一月号の星新一特集に発表された星新一トリビュート作品。ある理由から突如知能が増進した犬が、飼い主に忠告するためいっしょうけんめい手紙をしたためるが――という、まるでショートショートのお手本のような一編だ。本書には、この作品の意外な後日譚が語られる「協力」(猫編)も収められていて、合わせて読むとさらに楽しい。
 本のカバーをはずすと、表紙にも、「交信」という八百字のショートショートが印刷されている。こちらは宇宙探査機「はやぶさ」にオマージュを捧げた掌編(二〇一二年の年刊日本SF傑作選『拡張幻想』に再録)。タイポグラフィ的な趣向も鮮やかに決まっている。文字数の制約が厳しいほど、起承転結をきっちり守ってみせるのが恩田陸の心意気か。
 一方、枚数に余裕がある短編では、小説的な約束事をあえて無視して、一瞬の輝きを紙の上に定着させる場合もある。表題作「私と踊って」は、子供時代のある冬の日、古いホールで開かれたダンスパーティの思い出から始まる。“壁の花”だった語り手の少女は、後年ダンサーとして世界的に有名になる少女と出会い、いきなり「私と踊って」と誘われる。
〈彼女を初めて見た時の印象を、うまく言えない。
 なんというのだろう、野性が入ってきた、というか、「戸外」とか「外側」がやってきた、という感じだったのだ。(中略)私と目が合った時、ばちんと音がしたような気がした。人の視線がぶつかった時は、本当に音がするのだ。〉
 こうしてふたりは、裏口に近い、肌寒い廊下で踊りはじめる。壁の下半分が窓になっていて、そこから入る日射しが、長い矩形の、光のステージを作り出していた。輝く舞台で踊る、初対面の少女たち……。
 その瞬間の官能を描くためだけに、この小説があると言ってもいい。あとがきによれば、二〇〇九年に世を去ったドイツの舞踏家ピナ・バウシュをイメージしたそうだが、ここでは、選ばれた者の肉体の躍動感が小説の躍動感へと鮮やかに転換されている。
 それと対照的に、静かでおそろしい作品もある。横組で収められた「東京の日記」は、和菓子をテーマにした、外国人(リチャード・ブローティガンの孫という設定らしい)の東京滞在日記。ただしその東京は、大きな震災に見舞われたあと、戒厳令が敷かれている。キャタピラーと呼ばれる謎の機械がのろのろと移動し、伝書鳩がメッセージを伝える……。
 ちなみにこれは、大森が編者をつとめる書き下ろしSFアンソロジー『NOVA2』に寄稿してもらった短編で、原稿が届くのを今か今かと待っていたのは二〇一〇年の夏。あらためて読むと、東日本大震災後の東京の空気をみごとに予見した作品としか見えないが、たぶんそれは気のせいです。

 (おおもり・のぞみ 書評家)

恩田陸『私と踊って』978-4-10-397111-5