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書評・エッセイ

『私と踊って』刊行記念特集

踊る人々

――恩田陸『私と踊って』

恩田陸

 子供の頃からバレエ漫画は読んでいたが、実物のバレエは見たことがなかった。ましてや身体が硬くて人見知りするたちだったので、自分で踊るなどと考えたこともなく、踊りたいとか人前で披露したいとか、バレエそのものに対する憧れもなかった。
 まがりなりにも本物のバレエに接したのは映画でだった。それも、大学生になってハリウッドミュージカルを名画座で見るようになり、フレッド・アステアらのタップダンスに魅せられて、「踊りのある映画」を見るようになったからだ。恐らく、初めて本当にバレエというものを意識したのは『コーラスライン』の何度聴いても泣けるナンバー「アット・ザ・バレエ」を聴いた時だと思う。「バレエはいつも美しかった」と繰り返すこの曲で、ダンサーにとっても、クラシックバレエというのは永遠の憧れなのだ、と刷り込まれた。
 私が二十代の頃は、グレゴリー・ハインズが旬のタップダンサーであり、サミー・デイヴィス・ジュニアとの共演が素晴らしい『タップ』という映画を観て、次にやはりグレゴリー・ハインズが出演しているので観たのがミハイル・バリシニコフと共演した『ホワイトナイツ』という映画だったのだ。ここで記憶しているのは、洗練されたグレゴリー・ハインズの動きに比べての、バレエダンサーの肉体の獰猛さだった。獣に近い、と感じたことを覚えている。
 更にその印象は『愛と哀しみのボレロ』のジョルジュ・ドンで強まる。なんという雄弁で、生命感に溢れた肉体。あの大きな円盤の上で踊るドンは、まさしく神に捧げられた供物のように見え、美しくもどこか不吉でおぞましく、観てはいけないものを観ているような気がした。
 だから、最初にバレエに接したのはコンテンポラリー・ダンスであり、そこからシルヴィ・ギエムやマリー=クロード・ピエトラガラなどの、モダンのほうを観てきた。コンテンポラリーはかなりジャズに近いものがあり、ジャズを聴くようになってミュージカルやダンスを観るようになった私には入っていきやすかったのだ。
 この辺りからじわじわと「踊る人々」についての興味は湧いていた。海外で活躍していた日本人ダンサーが徐々に戻ってきて自分のカンパニーを持つようになったこともある。
 生で観て強い印象を受けたのは金森穣だ。彼の踊りを観ていて、卓越したダンサーの身体には、凄まじいスピードがあると感じたのだ。それは、バレエ団のトップを飾るようなダンサーみんなに共通することで、肉体そのものが「速い」。踊っている彼らはタイム感が凡人とは異なる。彼らの踊る空間そのものがものすごい勢いで動いていて、我々のいる空間とは全く別の世界が出現する。
 そういった一流のダンサーの踊りを観ているうちに、踊りというものを言葉で表現してみたいと思うようになった。絶対表現できないことは分かっているのだけれど、それでも何か形にしてみたいと漠然とだが考えていたのだ。
 ピナ・バウシュは存在そのものが伝説的であり、彼女の出演するドキュメンタリー映画でしか観たことがなかったけれど、その訃報を聞いた時に、とうとう踊りをテーマにして短編を書こうと思い立った。そこで書いたのが、彼女の作った作品のタイトルからとった「私と踊って」である。まがりなりにも形にすることができて、長年の課題のひとつをクリアしたようで、なんとなくホッとしたことを覚えている。こうして本にまとめられた今、もう一度ヴィム・ヴェンダースの『pina』が観たいなあと思う。

 (おんだ・りく 作家)

恩田陸『私と踊って』978-4-10-397111-5