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作家・平野啓一郎 特別インタビュー 電子書籍は何をもたらすのか 紙の本はどうなる 読者は そして書き手は――

  • 音楽ビジネスと同じ流れ
  • 読み手が価値を付与する
  • 紙の本は「紙とインクの彫刻」
  • 無茶な安売りには反対

無茶な安売りには反対

――近年では、最初から電子書籍の形で作品を世に問うといったケースも出てきています。

平野 日本の小説家は従来、自作に関して3回くらい手を入れる機会がありました。連載媒体である雑誌や新聞に掲載するとき。それを単行本にするとき。さらに単行本が文庫化されるとき。以上3回です。僕は雑誌から単行本にするときには結構手を入れるほうで、雑誌で実験的な性格を込めた試みをして、反応を見つつ単行本でブラッシュアップするということもしてきました。ところが、雑誌に掲載する段階でもう電子本だっていうことになると、その時点で最終的な決定稿をつくらなければならなくなる。そういう考え方に馴染んでいかなくてはならなくなるでしょう。ただ、現在の電子本では配信後に訂正を入れるのはコスト的にも大変なことみたいですが、電子は本来、ちょこちょこ直せるというところが利点だったはずなので、これからは版を簡単にいじれるようになってくれることを期待しています。

――電子書籍の価格についてはいかがですか。

平野 価格は結局のところ、買ったときの満足感の問題なんですよ、相対的な。総じて雑誌はストックよりもフローとしての性質が強いですから、フローなりの値段であるべきだろうと誰もが思うでしょうし、それに比べてストックについては、ある程度の値段付けであっていいと言えるでしょう。とはいえ、何がフローとストックを分けるかと言ったら、最後はクオリティということになってくる。再読性の有無というのかな。作った側はストックのつもりでも、本当にそれだけの価値があるかどうか微妙なものはアプリなどを見ているとたくさんありますし、週刊誌だって保存価値があるようなもの、たとえば気に入った連載などがあるものだったらストック的だ、ということになる。それならある程度の対価を支払っていいという人もいるはずです。

――文芸作品などはまさにストック型です。値段は必ずしも安くなくていいと。

平野 僕は基本的に、作家や出版社が成り立たなくなるような無茶な安売りには、反対です。そもそも、どんな本でも、1円にしたら100万部売れるかと言うと、そんなことはない。僕の『葬送』なんかは、単行本は1冊2000円以上しますが、それでも2、3万人の方は上下巻を揃えて買ってくれる。そういう現実を考えなければならない。文庫化されて安い価格で売られれば、単行本の何十倍も売れるかといったら、そんなこともないわけですし。とりわけ純文学は、安ければ売れるかというとそういう性格のものじゃない。もちろん、できるだけ安い値段で買ってもらいたいし、そういう値付けにはなってます。完全な電子化時代が来れば、確かにもっと安くもできるでしょう。でも、今はまだ過渡期です。景気に影響される面もあるとはいえ、本好きの人は、ある作家の本を読み続けていきたいという思いがあれば、フェアな対価なら、払うことを受け容れるでしょう。少なくとも、僕は一読者の立場では、いつもそうです。好きな作家の本が、彼の生活が心配になるような値段で売られてたら、戸惑いますよ。いい作品を書き続けてもらいたいですから。電子本もその点を見誤るべきではないです。

紙と電子で書いていく

――出版社の役割は変わるでしょうか。

平野 別に小説家になるつもりはないけれど、なんか一発書いてみようか、と思い立った人がいたとします。そういう人にとって、アマゾンは受け皿になる可能性がありますね。出版社を通さずに本を出そうといった人たちにしてみれば、電子本は有力なツールたり得る。他方、すごくエスタブリッシュされた作家、何十万人という固定ファンがいる作家は、自ら小さな会社を運営してデータを管理しつつ、電子で作品を世に問うていくといったことも可能でしょう。こうした両極にいる人たちにとっては電子本の普及によって状況が変わる可能性もありますけれど、本当に重要なのはそこではないような気がします。つまり、部数的にいつも何十万、何百万と売れるわけではないが、息長くコンスタントに仕事をしている人たちが、どうやってそれを継続していけるか。その環境をつくることこそが重要です。現実的に、僕の仕事もその部類でしょう。そういう作家にとって、独立して本をつくり、広告を出して売っていくことは容易でない。そこを一緒にやっていくという意味では、電子本の時代になっても出版社の存在は重要です。ただし、エージェントとか、新たな形態を開拓しながらその仕事に取り組む人たちも出てきてますし、しばらくは激動の時代でしょうね。

――書店についてはいかがですか。

平野 電子化の話と矛盾するように聞こえるでしょうけど、僕はやっぱり、紙の本を書店で買って育ってきた人間ですからね。自分の本も売ってもらってるし、書店が減っていること、下手をするとなくなってしまうかもしれない、などと懸念されている状況は深刻に感じています。ただ、今や本の入手方法が多様化しているという現実は無視できないですから。たとえば、美術書や写真集、単行本なんかを見つけて、「これはいい、欲しい!」と思っても、その全部を持って街を歩くのは億劫ですから、家に帰ってアマゾンで買ったりする。それは現実ですよ。だから、書店もたとえば、注文を受けておいて、後で家まで届けるとか、一部の大手書店では導入されてるサービスですけど、そういう色んな工夫をしていかないといけない。さすがに文庫1冊からというのは難しくとも、大量買いする人に対しては、そうしたサービスが普通のものとして提供されていいと思います。

――電子書籍が広範で多様な変化をもたらすものだということがよくわかりました。

平野 僕は、読者は無理をする必要はまったくないと思うんですよ。紙のほうが読みやすいと感じている人に電子で読めなんていうバカげた話はないし、作家だって、ストレスを感じながら「オレはもう紙とはサヨナラするんだ」などと宣言する必要もない。長いスパンで見たときにジェネレーションが変わっていく、紙から電子へと比重が移っていく、ということであっても、当面、僕は紙と電子とで作品を発表し、読者がそのいずれかを自分で選んで読む。そういうことでしかないだろうと思います。過渡期のハンドリングで、一番難しいのは、結局、出版社や書店ですよ。何とか乗り切っていくしかないですけどね。

――本日は、どうもありがとうございました。

スチール撮影・青木登

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