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作家・平野啓一郎 特別インタビュー 電子書籍は何をもたらすのか 紙の本はどうなる 読者は そして書き手は――

  • 音楽ビジネスと同じ流れ
  • 読み手が価値を付与する
  • 紙の本は「紙とインクの彫刻」
  • 無茶な安売りには反対

読み手が価値を付与する

――「仮想的に乗り越えられる」とは、具体的にはどういうことですか。

平野 スマホやタブレットの中に電子本が入っているせいで、読んだという実感がどうも湧かないというのであれば、端末内の読了した本のタイトルをプロジェクターで壁いっぱいに映し出せたりすれば、感覚は大いに変わると思います。そのまま読んだ本の検索ができて、呼び出せたりすると便利ですね。いま「便利」だという話をしましたが、電子本を考えるうえで、やはり利便性は見逃せません。海外で開かれる文学のシンポジウムに出席する際には結構な量の本を用意していかなければなりませんが、そういったときこそかさばらない電子本の本領が発揮されます。ネット環境がさらに整えば、欲しいときにすぐ買えるという電子本のメリットもますます感じられるものになるでしょう。あとは、端末の重さの問題がどう克服されるかですね。iPadはまだ重い。手に持っているとストレスを感じます。就寝前、ベッドに横になって読めるというものではないですから。

――読み終えた本を壁に映し出すなどということになると、身の回りの風景も今のままではないかもしれませんね。

平野 20年後の一般的な部屋の様子を想像すると、まずCDのラックがなくなっているでしょう。大きな音楽再生装置、つまりオーディオ機器もなくなっている。であるならば、紙の本の書棚だけがドーンとスペースを占めているっていうのもちょっと想像しづらい。僕には職業柄、ある程度は書棚というものが必要かもしれませんが、一般の人の暮らしを考えると、そんなに大きな本棚が残り続けるとは思えない。日本の住宅事情を考えても。カバンを開いたときに財布やケータイや本がゴチャゴチャ入っているということもなく、すべて、カードなども含めて、スマホのような端末の中に納まっていく。そう考えるのが自然でしょう。

――電子書籍は購入や保管の面でメリットがある以外に、買い手、読み手にどのような変化をもたらすでしょうか。

平野 読者はリッチコンテンツ化には興味がなかった。ではどうなるか。リッチ化という「作り手側の価値付与」とは逆で、インタラクティブの方向、つまり読み手側が参加するという方向には可能性があります。ニコニコ動画を想像するとわかりやすいかもしれません。ネット上の電子本に誰もが何かを書きこめるようにする。キンドルにはそういう機能が既にありますが、もっと派手な形のものが出て来ると思う。文学作品のあるページには「感動した!」という感想が溢れていたり、ニーチェの著作のあるページには「ここは誰それの言葉を踏まえている」という書き込みがあって、研究者なんかが、みんなそれを参考にしたりする。そういう時代に早晩なるでしょうね。

古典の名作との新たな出会いも

――知の共有のされ方が変わる、ということですね。

平野 そうです。たとえば『悲劇の誕生』を読むとすると、それにまつわる膨大な研究書を何十冊も読まなければなりませんでした。しかし、いま言ったようなウェブページがひとつできれば、各ページごとの各章にさまざまな人たちがいろんな解説や脚注を書くことができるようになる。もちろん、一冊の本という形でしか、結局、思想というものはまとめられないでしょうが、他方で、本という形のために、ページごとに細かに考えたことを、読者が感想の中ではうまくまとめられなかったという面もあります。現役の作家の中には、自らの作品がそんな風に使われることに拒否感を示す人もいるでしょう。けれど、版権切れになったような古典などは、ネット上で共有されていく方向にいくでしょうし、僕はそれが望ましいと思っています。森鴎外の作品がアップされて多数の書き込みがなされ、それに触れた人たちが「へえ、鴎外ってこんなに面白いんだ。だったらもっと読んでみよう」って思ったなら、とても素晴らしいことではないですか。 今はアマゾンの感想なんかでも、ザックリと全体を通しての話でしょう? 細かな感想は、よほどマメな人が引用しながらしか書けないけれど、それだって限界がある。けど本当は、部分部分の感想ってあるはずなんですよ。

――それこそは本の「読み方」を変えていくかもしれません。

平野 これまではアクセス可能な本の量に制限がありました。絶版になってすでに手に入らない本だって現にたくさんあるわけですから。しかし、これからは基本的に無限にテキストがストックされていくわけで、いずれは新作の本を読む時間と、ストック、たとえば古典の名作を読む時間とのバランスを、みんな考えるようになっていくでしょう。世界の名作はこんなにもたくさんあって、すぐにも読めるというのに、どうして自分は新しい小説を読まなければいけないのか……。そんな風に考える人が、ポストモダニズムが流行った頃とはまた違った意味合いで現れてくるだろうと思うんです。

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