TOP > 特別インタビュー『電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―』の著者・濱嘉之が語る作品世界と日本の「今」

特別インタビュー『電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―』電子書籍化
警視庁公安部OBの著者・濱嘉之が語る作品世界と日本の「今」 詳しくはこちら

  • 01「電子」が牽引する捜査技法
  • 02墓場まで持っていくしかない
  • 03犯人の立場から見た物語を

濱嘉之 1957年、福岡県生まれ。中央大学法学部法律学科卒業後、警視庁入庁。警備部警備第一課、公安部公安総務課、警察庁警備局警備企画課、内閣官房内閣情報調査室、再び公安部公安総務課を経て、生活安全部少年事件課に勤務。警視総監賞、警察庁警備局長賞など受賞多数。2004年、警視庁警視で辞職。2007年『警視庁情報官』(講談社刊)で作家デビュー。他に『完全黙秘―警視庁公安部・青山望』(文春文庫)など。危機管理コンサルティング会社代表を務めるかたわら、TV、紙誌などでコメンテーターとしても活動中。

「電子」が牽引する捜査技法

――濱作品の魅力といえば、ひとつにスパイ小説もかくやの驚くべき捜査手法が描かれる点が挙げられると思います。まずそのあたりからお話を伺いたいのですが、『電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―』でも、犯人を追うにあたってパスモや偵察衛星が登場します。これはどこまで現実を反映しているのでしょうか。

 記名型のパスモの場合、利用者が改札を通過した記録から移動ルートをたどることができます。このことを利用した捜査はごく普通に行われています。なにしろパスモのシステムをつくった企業からヘッドハントされた人物が、サイバー犯罪対策室でその捜査技術を確立させたくらいですからね。人工衛星についていえば、内閣衛星情報センターも防衛省もそれぞれ情報収集衛星を運用していますが、内閣衛星情報センターの次長は警察庁からの出向組ですし、防衛省でコミント(各種通信の傍受と解析)を担う電波部にも歴代、警察庁からの出向組がいます。これらの部局で収集された衛星情報の利用を最初に思いついたのは公安部で、現実に有効活用もしていました。ただ、以前ならたとえば携帯電話の発着信に関するデータなどを知りたいとき、企業ほか関係各所にいる窓口役の協力者に対して「急いでいるから教えてよ」「令状は後で出しますから」で済んだような話も、今では当然ながら、前もってちゃんとした捜査令状が必要になってはいます。

――通行車両のナンバーを自動で読み取り記憶するNシステムは、すっかり世間でもおなじみのものとなりました。

 おなじみになったせいで問題も生じています。Nシステムは道路上にデンと待ち構えていて設置場所が基本的に目視で特定できます。設置ポイントをデータにし、車に積んだナビゲーションシステムに「この先○○メートル、Nシステムがあります」なんてアナウンスする機能をもたせることが実際に行われています。以前、都内で暴走族だった連中が他県で組織的に自動車盗を働いていたことがあったのですが、彼らの移動ルートが一向に「N」にひっかからない。聞けば「Nがないところを通っているんだ」と言うのです。だから今では、公になっているN以外に、信号機の中にこっそり埋めるような秘匿型のNも考え出されたりしています。また、逃走車がNで捕捉された場合、その情報を捜査一課が開発した「DB-Map(データベース-マップ)システム」というソフトに入力すると、何分後にどこそこに到達するといった予測データがたちどころに現れるようになっています。そこにバイクなどの追尾班を配置しておく、というわけです。Nシステムにはナンバーしか撮れない警察庁指定のものと、超高感度でわずかな明るさでも後部座席まで撮れてしまう都道府県指定のものと2つある。いずれにせよ捜査する側からしてみれば「Nのあるところを通ってくれ」と祈りたい気持ちにもなりますよ。

――2011年1月、東京都目黒区の住宅で、宅配業者を装った男が老夫婦を殺傷した、いわゆる「目黒老夫婦殺傷事件」では、監視カメラに残された映像が捜査の進展に大きな役割を果たしました。

 捜査一課がさすがだったのは、犯人の「後足」ではなくて「前足」を追いかけたところです。「犯行後どこへ逃げたか」ではなく「犯行前どこから来たか」の割り出しに彼らは力を注いだ。事件現場は東急東横線の中目黒駅近くでしたが、犯行後に逃走する犯人の姿が中目黒の商店街のカメラに写っていました。その人物は犯行前の時間帯、中目黒駅、JRの恵比寿駅、JRの東京駅それぞれのカメラに捉えられていたことがわかったのです。そして東京駅のバスターミナルにいたことが判明し、長距離バスの乗客リストから犯人を特定できたんですね。多数のカメラが記録した膨大な映像データから同一人物を抽出するなど今では簡単なことで、専用ソフトに人相体躯や着衣を入力すれば、あっという間にコンピュータが見つけ出してくれます。超満員の東京ドームの観客席からこの人物を探せと命じてカメラをぐるりと回せば、ものの1分もかからずに特定できてしまうでしょう。