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『週刊新潮』新連載小説「水を抱く」スタート記念 石田衣良

「官能小説」ベストセレクション

「眠れぬ真珠」

詳細

「夜の桃」

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「眠れぬ真珠」

「夜の桃」

  • 第1位 川端康成著「眠れる美女」(新潮文庫)直接の行為がない高揚感 これぞ「寸止め」の極致
  • 第2位 谷崎潤一郎著「痴人の愛」(新潮文庫)M男を振り回す悪女の魅力満開 日本初の痴女小説
  • 第3位 ミシェル・ウエルベック著「プラットフォーム」(角川書店)抑制も禁忌もないインモラル作品 だからこそ純粋
  • 第4位 草凪優著「どうしようもない恋の唄」(祥伝社)自然な流れでセックスが登場する 「つくり」がいい
  • Mっ気のある女子にドンピシャ
気持ちの悪い不思議なエロス
  • 見上げる視線がねちっこい
3Pあり 4Pあり
  • 毎晩ちゃんと私を抱いて
草食男子とセックス依存症の年上悪女

Mっ気のある女子にドンピシャ

――ここはもったいぶらずにまいりましょう。まずは、ベストセレクション第1位から!

石田 はい。川端康成の「眠れる美女」です。いいですよぉ、この作品は。

――では、あらすじを。

石田 67歳の江口老人という悠々自適の生活を送る小金持ちのお爺さんが、崖を打つ波の音が聞こえる海辺の宿で開催されている秘密クラブに通うんです。なにが行われているクラブかと言いますと、睡眠薬を飲まされ、眠らされている若い女の子と添い寝をする……。よくもまぁ、そんな設定を考えついたものだと感心しますけれど、要するに江口老人が添い寝の相手である女の子を一晩中、じーっと見つめ続ける。それだけと言えばそれだけの話なんですよ。江口老人と眠れる若い美女との秘めた添い寝が繰り返され、老人はそのたびに自分が若いころ付き合った女性のことを思い出したりするっていうストーリー。

――隠微ですね。キモはどのへんにあるのでしょうか。

石田 ズバリ、具体的な性行為がないといういやらしさです。官能小説と言ったらすぐに「どんな行為をしたか」っていう話になりがちなんですけど、直接の行為がないがゆえのドキドキ感、高揚感のほうが、実際に「やってしまう」よりもいやらしいっていうことを高らかに証明しているのがこの作品です。もとより江口老人は男性としての機能がすでに危うくもあるんですが、宿の女将から「たちの悪いいたずらはなさらないで下さいませ。眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ」などとあらかじめ言い渡されます。最初に「禁止」があるんです。そこがかえっていやらしい。禁止されているからこそ盛り上がる。老人は女の子の肌をかすかに撫でたり、ちょっと舐めたり、指で歯に触れたり髪を荒々しくまさぐったりはするんですけれど、やることはそこまで。まさに寸止め感の極致です。寸止めが延々とダラダラ続くっていうのがものすごくエロくて、しかもまつ毛やら脇毛やら産毛やら肌の質感やらの描写が異常なくらいに細かくて質が高い。描写力の恐ろしさもこの作品の魅力です。

――描写は“男性目線”なのですか。

石田 描写はすべて男性の視点からのもので、その視点がまたすごく支配的なんです。「目で縛る」っていうのでしょうか。眠っている女の子がピクリと動いたり、ちょっとした反応を見せたりする様子が、上から見下ろすように描かれている。川端康成って「雪国」や「伊豆の踊子」なんかも、もう完全に目線がいやらしいですからね。いずれもやや上から見下ろしている。「眠れる美女」について言えば、求めているのはひたすら自分の満足だけで、相手のことなんかなんにも考えていない感じ。服脱いでそこに寝てれば、みたいなあしらいようで、Mっ気のある女の子なんかは読めばドンピシャではまるんじゃないですかね。

――Mっ気のある女の子ですか。他にはどんな人にお薦めですか。

石田 ある程度年齢を重ねた大人の男性が読めば、江口老人が過去の異性を思い出す回想シーンで身につまされるところがあるでしょうから、ぜひお薦めしたいですね。既婚の方なら、ひとりでゆっくり夜中に読んでほしい。江口老人のこんな回想シーンがあります。64歳のとき、20代後半の人妻と不倫した。外国人商社マンの日本人妻だった。別れた後、人妻は妊娠したらしく、江口にこんな思いが去来します。「シンガポオルからもどった夫を迎えて、女が妊娠をしたということは、江口との不倫が女から洗い落されたかのようで、老人を安らかにした」。ああ、何と調子がいいのでしょう。しかし、男にはその気持ちがわからなくもない!

気持ちの悪い不思議なエロス

――石田さんが最初に読まれたのはいつ頃でしたか?

石田 僕も実は大人になってから読んだ作品で、作家としてデビューした直後くらいだったと思います。「娼年」を書くときに、性やら女性の体やらを描写した作品でなにか決定版みたいなものはないかと探していて、それで出会ったんです。あ、これだ! これはすぐに使えると思いました。「眠れる美女」は老人が、若い女の子たちと寝る。「娼年」は若い男の子が、年上の女性たちと寝る。「眠れる美女」は若い女の子を買うがセックスはしない、「娼年」は女に買われて必ず全員とセックスする。このようにお互いに裏返しの関係になっているんです。小説って、そういう読み方をするのもまた楽し、ですよね。

――「眠れる美女」は何度も読まれたのでしょうか。

石田 愉しく読んだこともあれば、参考にするために読んだこともあります。いま気がついたんですが、僕、本の中にチェックや書き込みをしていますね。「感覚を微妙にしていくこと」って書いてあって、自分なりに解釈を加えていたんですね。まぁ、こういう作品を読んじゃうと、歴史がどうとか社会や正義がどうとかいったことが全部ウソくさく感じられますよね。やっぱり目の前にいる若い女の子の裸体ひとつには何者も敵わないよなって思うし、日本の小説って本来、そういうことを描くものだったんだけどなぁ、という気も少々します。ガルシア=マルケスが「眠れる美女」に触発されて、「わが悲しき娼婦たちの思い出」を書いたのは有名ですが、まるでクリスタルのガラスみたいにキラキラしているのに触ると生温かいという、気持ちの悪い不思議なエロスの世界が「眠れる美女」にはあって、それがとても面白いんですよね。

――さすがは1位の作品です。続いては2位、お願いします。

石田 谷崎潤一郎の「痴人の愛」。

――有名な作品です。

石田 ある電気会社に勤める28歳のエンジニアが、数え年で15歳の女の子、ナオミを浅草のカフェで見つけるんです。彼はナオミの「西洋臭い」顔立ちをすっかり気に入ってしまい、カフェの女給をやめさせて、英語と音楽の稽古に通わせながら一緒に暮らすようになるんです。肌が白くて顔がバタ臭く、脱がせば胴が丸くて手足が長い。それでゾッコンになってしまうのですが、どんどん磨かれていくナオミはとても奔放で、次々と他の男たちに手を出していく。そうした中で彼はますます彼女にはまっていくんですよ。彼女が他の男と付き合っている事実を知って、あるいはダンスホールで男と踊っているのを見て、非常に嫉妬しながらさらにのめりこんでいく。