書評

2019年4月号掲載

子供には遺産より伴侶を―親たちの代理婚活物語―

――垣谷美雨『うちの子が結婚しないので』(新潮文庫)

荻原博子

対象書籍名:『うちの子が結婚しないので』(新潮文庫)
対象著者:垣谷美雨
対象書籍ISBN:978-4-10-126953-5

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 結婚しない人が増えています。
 内閣府の「平成30年版少子化社会対策白書」によると、毎年100万組以上が結婚していた1970年代前半に比べ、現在の婚姻件数はおよそ半分。生涯未婚率は男女とも上昇傾向です。とはいえ未婚でも「いずれ結婚するつもり」の男女が8割台。特に30歳前後の未婚者から多く挙がる「しない理由」は「出会いがない」からだといいます。
 そうした結婚相手を求める人たちの"婚活"はすっかり定着しましたが、いま、親たちが我が子のために婚活に乗り出していることをご存じでしょうか。
 それがこの小説のテーマ、「親婚活」です。著者は小説『老後の資金がありません』も話題の垣谷美雨氏。
 主人公・千賀子は57歳の派遣プログラマー。大学時代に知り合った夫のフクちゃんとは現在もあだ名で呼び合う仲良し夫婦で、共働きで一人娘の友美を育てました。夫の家事・育児貢献度に不満はあれど、都内に住居を構え生活できるだけの収入があり、28歳になった娘も素直で健康です。
 この順風満帆な夫婦の不安は何か。老後のお金じゃありません。娘が結婚できないのではないか、ということです。
 きっかけは、千賀子の友人が年賀状で寄こした娘の結婚報告です。友人の娘は結婚したけど、うちの子はどうだろう。女性向けアパレル会社で働き、毎日疲れ果てている友美には出会いもなく、これまで彼氏がいた様子もない。「いずれ結婚するつもり」というあの子に任せていては、到底叶わないだろう。焦る千賀子に、夫が見つけてきたのが親婚活です。
 親婚活とは、一般社団法人などが主催する「お見合いの会」に親たちが子供の身上書を持ち寄り、代理で見合いするもの。まず親同士の合意で身上書を交換し、それを見た子供同士の合意があって初めて、当人たちのお見合いが成立します。
 千賀子は夫と共に、親婚活への参加を友美に提案します。
 なぜ親は子供に結婚を望むのでしょうか。世間体という声もあるかもしれませんが、千賀子たちは、親の死後、独り身の娘に孤独で経済的にも不安な生活をさせたくない一心からです。一般家庭で子供の将来まで保障する財産を遺すのはまず無理です。本人に生涯独身としての将来設計もなく、何とかなると漫然と過ごすのなら、今できることをやってみないか。友美の意思を確認し、千賀子たちはいざ親婚活へ挑みます。
 しかし待ち受けていたのは想像以上に過酷な世界でした。
 親婚活ではまず様々な条件を提示し合い、お互い露骨に篩(ふるい)にかけていかねばなりません。女性は、孫を望む親が多いことから「年齢」、そして男性に比べ、より「外見」で判断され、男性側の両親との同居や、共働きでも家事の負担を当然のように求められがちです。一方の男性側は年齢の他、勤め先と年収が中心です。外見は清潔感があれば、という程度。
 この身上書の交換すらけんもほろろに断られ、落ち込む千賀子。娘の全人格を否定されるような悲しみと憤り、屈辱と疲労感が、どっと降りかかります。等身大の千賀子一家が受けるこの現実的な値踏みに、胸がざわつく読者も多いでしょう。どうにか条件のハードルを乗り越えても、実際に相手と会ってみると難が見えるケースも少なくありません。偏食、ギャンブル好き、不健康、居丈高......"モテない"理由も察せられるのです。その様相が実にリアルに描かれ、いかに現代の男女の結婚が難しいか身につまされます。
 面白いのが、千賀子が時代の変わり目にいる世代であることです。千賀子の母親は昭和一桁生まれ。お見合い結婚の相手の家に嫁入りして夫に仕え、妻が家事・育児をするのが当然の世代。一方の千賀子は伴侶を自分で見つけ、就職戦線を突破し、共働きで収入を得ています。前の世代から抜け出し、「家庭は夫婦で築くもの」と考えています。そんな千賀子は、婚活で出会う親たちとの世代間の意識の差にも悩まされます。これは、日本人の結婚自体がいまだ「家同士の婚姻」から抜け出せていないと象徴するようなエピソードでした。
 娘の良縁は見つかるか。そのゴールを読者は一喜一憂しつつ見守りますが、この物語では「結婚=幸せ」と短絡的な描き方はされません。未婚の子供を持つ親はもちろん、いつか結婚したい人、逆に生涯独身を決めている人、自分自身の結婚を振り返りたい人にもお薦めします。結婚と人生のリアルを現代の日本社会に突きつける、挑戦的小説です。

 (おぎわら・ひろこ 経済評論家/ジャーナリスト)

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