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インタビュー

新潮選書フェア新刊 著者インタビュー

西武と団地はこれからどうなるか

原 武史
『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史【増補新版】

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――本書は季刊誌「考える人」の連載から単行本、そして文庫版を経てこのたび新潮選書に収録されました。取材は二〇〇七年に東京西郊のひばりが丘団地を訪れることから始まりました。

 三歳まで住んでいた団地なので四十二年ぶりに訪れたことになりますが、その時はまだ全面的な建て替えには到っていなかった。私が住んでいた88号棟もそのままで、団地が輝いていた時代の面影がぎりぎり残っていたように思います。
 それから何度か通いましたけれども、行くたびに空き部屋が目立って、芝生に植えられた樹が高く伸び、建った当初は非常に人工的な風景だったはずが、だんだん自然が人工を圧倒するようになった。この団地は一九五九年から六〇年にかけて作られて、五十年も経たないうちに限界集落化したことになります。
 戦後の高度成長期、東京では特に西武沿線に燦然と輝くように現れた団地の黄金時代は十年ちょっとくらいしか続かなかった。私自身がひばりが丘団地や滝山団地などに住んでいたこともあって、団地の時代とはどういう時代だったのかということを描いてみたいと思ったのです。

――西武沿線で育った原さんはいま、東急沿線に住んでいます。

 東急田園都市線沿線は西武とは対照的に、今なお人口が増えて、開発が進み、新しい住宅地が生まれています。政治思想を研究している観点からは、かつての西武沿線では団地を中心に共産党が地歩を固めたのに対して、東急沿線は新自由主義的な政治風土が強まったという違いにも気づくようになった。
 それは行政の単位では見えにくいのです。中野区とか横浜市などの自治体の単位では見えないものが、それらを串刺しにする沿線というものから見えるのではないか。そこからまったく新しい戦後の思想史を描くことができるのではないかということにも関心があったのです。

――政治思想ということでは、西武沿線の滝山団地の存在も大きいのでは。

 本書の連載が始まる前、七五年まで滝山団地に住んだ経験をもとに『滝山コミューン一九七四』を書きました。私が通った小学校にソヴィエトを思わせる政治空間が成立していたという話ですけれども、取材のため三十年ぶりに訪れて驚いたのは、ひばりが丘団地と違ってほぼ変わっていなかったこと。団地の棟も商店街も小学校もそのままで、まるでタイムマシンに乗ったような印象があまりに鮮烈だったということがあって、そこから俄然、ちゃんと調べてやろうという気持ちになった。滝山に通うことで記憶が次々と蘇ってきたことも大きいですね。

――新潮選書版に際する増補のため、二〇一八年の秋には本書にとって重要な場所であるひばりが丘団地、滝山団地、多磨全生園をもう一度訪れました。

 ひばりが丘団地は完全に変わってしまった。二〇〇七年にはまだ残っていた古い棟が53、94、118の三棟を除いて高層マンションのような建物に建て替えられていた。団地のいいところは建物の間が広くて陽当たりがよくて明るいことです。それが高層化によって陰の部分が増えて何か寒々しくなった。密室化も進んで、団地が持っていたコミュニティ的な雰囲気が弱くなり民間のマンションとあまり変わらなくなっている、そういう印象を受けました。
 滝山団地はやはり変わっていませんでした。一部の棟にエレベーターを付けたり、多少の増築はあっても、団地の風景自体はできてから半世紀ほぼそのままという奇跡のような風景が保たれていた。
 多磨全生園は明治時代からあるハンセン病の療養施設ですけれども、ここは変わりつつある。入居者の減少とともにかつて建ち並んでいた住宅が整理されて、ひばりが丘団地と同様の変化が起きていました。ただ全生園の場合は、将来は住む人がゼロになる可能性もあるわけで、そこが団地とは違うところです。

――そうなると不思議なのは、滝山団地の「変わらなさ」です。

 滝山団地は最初から自治会が共産党の主導でできていて、非常に連帯意識が強くて西武線の運賃値上げなどに対して激しい反対運動をしたりしています。当時に較べれば住民の高齢化が進み、共産党の力は弱くなったけれども、まだ一つにまとまっている印象を受けます。

――それでも大きな流れとしては、団地は役割を終えつつあるのでしょうか。

 東急田園都市線の沿線にも団地はあって、特にたまプラーザと田園青葉台という二つの分譲団地は子育て中の世帯に人気が高い。なぜかというと、マンションと較べると明らかに団地の方が緑も多くて遊び場もある。休日には車もシャットアウトするから親も安心できる。この沿線にしては価格も安い。つまり団地だからといって一概に人気がないわけでもないし、マンションにはない団地の良さがあるということが、若い人たちに認められているのは確かだと思います。

――西武の未来はいかがでしょうか。

 先日、レッドアローに代わる西武の新しい特急電車ラビューに乗ってみて驚いたのは、それまでの西武らしさを極力排除しようとしているように見えたことです。レッドアローの車両の前面と側面にある赤い帯には強い自己主張があった。西武沿線が赤い帯によってつながっているという、象徴的な意味があったように思います。ところがラビューはアルミの車体で、色の主張を消すことで、どこを走っても違和感がないようにした。だからラビューは将来、東急に乗り入れるのではないか。そうなると、車両の斬新性を通して東急に逆襲するというか(笑)、そういうことを狙っているように思えなくもない。
 冗談はともかく、これだけ相互乗り入れが盛んになってくると、いろいろな沿線の個性が曖昧になってゆく、西武もそうなってゆくだろうと思います。

 (はら・たけし 放送大学教授)

原武史『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史【増補新版】』978-4-10-603843-3