TOP > 波 -E magazine Nami- > 書評・エッセイ

波

書評・エッセイ

ツキマデサンキロ月まで三キロ

伊与原新

1,382円(税込)

この先に「月に一番近い場所」があるんです――。樹海を目指した男が、そこで見たものは?

「月は一年に三・八センチずつ、地球から離れていってるんですよ」。死に場所を探してタクシーに乗った男を、運転手は山奥へと誘う。「実はわたし、一三八億年前に生まれたんだ」。妻を亡くした男が営む食堂で毎夜定食を頼む女性客が、小学生の娘に語った言葉の真意。科学のきらめきが人の想いを結びつける短篇集。

膨大な時の流れと瞬間の感情

――伊与原新『月まで三キロ』

北上次郎

 伊与原新の本書『月まで三キロ』がなぜ新鮮なのか。いきなり結論を書く。
 理系的世界を描きながらも、そこで描かれるのが感情的なドラマであるからだ。理系的世界って何だ、と言われたらすぐに言葉に困るのだが、ようするにここは、自然科学や物理学を背景とする世界という程度に思っていただければいい。つまり背景にあるのは膨大な時の流れであり、研究者たちの地道な観察だ。いわば、その瞬間だけ沸騰する感情とは、正反対の世界といってもいい。伊与原新の本書では、それが同時に語られるのである。本来なら正反対であるにもかかわらず、苛立つ心、孤独と不安、そういったものを癒してくれるものとして、自然科学が出現してくるから新鮮なのではないか。そんな気がしてならない。
 たとえば表題作だ。太古の月はいまよりも速く、くるくると回転していたので、月の表も裏もすべて地球から見えたという。さらに月はずっと少しずつ地球から遠ざかっていて、具体的には一年に三・八センチずつ離れていっている。ということは、太古の月はいまよりも地球に近かったわけで、月と地球が生まれた四十億年前より昔は、その距離は今の半分以下。地球から見える月の大きさは、なんと今の六倍以上だったというのだ。六倍以上というのはすごい。
 そういう月に関する知識、情報がどんどん飛び出してくる。月に関するそういうあれこれを教えてくれるのは、この短編の語り手が乗り込んだタクシーの運転手だ。彼はいろいろあって(何があったかはこの短編をお読みいただきたい)、死を考えてタクシーに乗ったのだが、運転手が話しかけてくる。しかもこの先に、月にいちばん近い場所があると言う。いちばん近い場所、とはなんだ?
 車を下りて案内されたのは細い道の先。道路の案内標識を懐中電灯で照らすと、そこに浮かび上がったのは「月 3km」の文字。
 それがどういう意味なのかは、本短編を読まれたい。この運転手が月に関する豆知識をどうしてこんなに持っているかも、ここには書かないでおく。特に、ラストに語る運転手のドラマはもっと秘密。死に近づいていく男と、月の歴史の対比が鮮やかな短編と言えるだろう。
 化石がテーマとなる「アンモナイトの探し方」もいいが、もう一編選ぶなら、素粒子物理学の研究者が登場する「エイリアンの食堂」。舞台となるのは、鈴花の父親が経営する「さかえ食堂」だ。そこに毎日現れる女性を、小学三年の鈴花は、「プレアさん」とひそかに呼んでいる。プレアデス星人という宇宙人が地球にたくさん住み着いていて、彼女もその一人だと鈴花は信じているのである。
 もちろん彼女はプレアデス星人ではなく、近くの研究所で働いているのだが、ある日彼女が鈴花に語る。高校二年の夏休みにビッグバンが起きたと。それは「素粒子物理学が何を目指しているか知って、ものすごい衝撃を受けた。目からウロコどころか、脳みそがビッグバン」だったと言うのだ。「なんで脳みそが爆発するの?」との鈴花の問いにはこう答える。
「素粒子がわかると、宇宙がわかる。ってことを知ったから。宇宙誕生直後は、素粒子だけの世界だった。だから、素粒子のことがわかれば、今の宇宙がなぜこうなっているのかがわかる。(略)そんな話を聞いて――」
 この先がいい。彼女はこう言うのだ。
「目の前が、ぶわっと広がった」
 このあと彼女が語る素粒子の話はとても印象深く、とても素敵で、元気が出てくるのだが、それは書かぬが花。鈴花と一緒になって「おーい!」と空に向かって叫びたくなる。
 そういう力に満ちていることこそ、本書の魅力だろう。正直に書くと、私はこの作者のいい読者ではない。だから本書を読んで、他の作品も読みたくなった。

 (きたがみ・じろう 文芸評論家)

伊与原新『月まで三キロ』978-4-10-336212-8