書評

2018年9月号掲載

昭和文学史を語り継ぐ作品集

――林忠彦生誕100周年作品BOX『無頼』

林義勝

対象書籍名:林忠彦生誕100周年作品BOX『無頼』
対象著者:林忠彦

「波」本号の表紙の太宰治の写真――父・林忠彦の代表作として知られ、写真集やポスターなどで頻繁に露出してきた、おなじみのカットです。しかしこの写真、いつも縦長の長方形にトリミングして使われてきましたが、オリジナルはブローニー判で撮影されていたのです。先日、フジフイルム スクエアの写真歴史博物館で開催された「昭和が生んだ写真・怪物時代を語る林忠彦の仕事」展の第一部(4月1日~5月31日)で、初めてノートリミングの状態で展示してみたのですが、ご覧になった方々は皆、驚いていました。
 写真の右側に写っているのは坂口安吾さん。銀座のバー、ルパンでの一コマです。戦後間もない昭和21年。当時、父はカストリ雑誌ブームに乗って、20誌以上も掛け持ちで仕事をしていましたが、一方で坂口安吾、織田作之助、太宰治はじめルパンにやってくる無頼派の文豪たちを撮影していました。その多くは翌年12月から始まった「小説新潮」の巻頭グラビア「文士」シリーズに、2年間にわたって掲載されました。
 太宰の写真もその中の1枚。ただ、父の記録によれば、父は太宰を作家だと知らなかったそうです。この日も織田作之助の写真を撮るためにルパンに行ったのですが、そこに酔っ払った太宰がいて、「俺の写真も撮ってくれ」とせがまれたとのこと。仕方ないので最後にたったひとつ残っていたフラッシュバルブを使って撮った、まさに1枚だったのです。それが今や父の代表作となっています。
 今年は父の生誕100年ということで、先述したフジフイルム スクエアでの写真展をはじめ、特別展「昭和の目撃者林忠彦VS土門拳」(山形県酒田市 土門拳記念館)、また8月からは千鳥ヶ淵のギャラリー册でも写真展を開催します(9月29日まで)。
 また、写真集ではなく、初めての「作品集」として、「林忠彦生誕100周年作品BOX『無頼』」を刊行します。これは父が撮影した文士シリーズから詩人の高橋睦郎氏が「無頼」をキーワードに選んだ8人――坂口安吾、高見順、太宰治、檀一雄、田中英光、織田作之助、瀬戸内晴美、三島由紀夫――の写真をデジタル版画で再現し、セットにして特注のトタン缶に納めた作品集です。
 あらためて8人の文士たちの写真を並べてみると、戦後の混乱期から高度成長期まで、波乱の昭和の時代を破天荒なエネルギーで駆け抜けた一人一人の生き様、個性が、1枚の写真に見事に封じ込まれており、同じ写真家として父の偉大さを、写真の力を、再認識させられました。
 父の写真のプリントが欲しい、と乞われることがありますが、一般の市場に出ることはまずありません。もし仮にこの8枚のオリジナルプリントが出たとしたら、かなり高価なものになるでしょう。そこで今回、父の写真を愛してくださるファンの方々に向けて、プリントをアーカイバルimg_201809_17_2.jpgという手法のデジタル版画(ジークレー)で再現してみました。何度もテストを重ね、写真プリントの魅力を損なうことなく、版画ならではの柔らかな階調で、満足のいく作品に仕上がりました。販売部数は120に限定、シリアルナンバーを付し、高橋睦郎氏の解説と、父が書き残した撮影時のエピソードなどをまとめた小冊子を添えます。ちょっと高価な作品集ですが、昭和文学史の貴重な記録として語り継がれれば、父も喜んでくれることでしょう。

 (はやし・よしかつ 写真家)

「林忠彦生誕100周年作品BOX『無頼』」は新潮オンラインショップで予約受付中。書店では販売しません。

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