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対談・鼎談

新潮文庫nex『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)刊行記念対談 @la Kagū(ラカグ)

あの王妃は、ヨーロッパ最強のギャル!

母娘問題、女性蔑視への抵抗、〈推し〉への尽きせぬ愛。
フランス王妃の日記は、「ほんとそれな!」の連続だった――。
作家と早慶の仏語講師が、キュートで破天荒な魅力を語り尽くす!

吉川トリコ × 中島万紀子

王妃も母娘問題に悩んでいた

中島 『マリー・アントワネットの日記』を読ませていただいて、今日は徹夜で語り合いたいと思って来たんですけれども。まず伺いたいんですが、なぜマリー・アントワネットをギャル語・ネットスラング満載の文体で書こうと思われたんですか?

吉川 デビューした頃から、ギャル語で小説を書きたいとずっと思っていたんです。でもなかなか企画が通らなくて。普通のギャルがギャル語で喋ってる小説って、たしかにあんまり面白くなさそうですよね。

中島 ケータイ小説みたいな?

吉川 そうそう。ソフィア・コッポラの映画(「マリー・アントワネット」)が二〇〇六年公開で、アントワネットを等身大の女の子として描いていました。あれを観て、あっ、マリー・アントワネットをギャル語で書けばいいんだ!って。

中島 ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」、今日観てから来ました。かわいいんですよ。十年前に観てたらぞっこんだったと思うんですけど、この本読んじゃったあとですから、薄っぺらかったですね。

吉川 そんな......(笑)。ソフィア・コッポラがインタビューで「マリー・アントワネットは母親からの抑圧を受けていた」と語っていたことも、アントワネットに興味が湧いたきっかけでした。

中島 そう! 母娘関係というのはトリコさんの作品の大きなテーマのひとつだと思うんですけれども。

吉川 そうなんです。マリア・テレジア(アントワネットの母)って圧が鬼じゃないですか。

中島 圧が鬼(笑)。ヨーロッパ全土に鬼のような圧力をかけてますからね。

吉川 たしかに! そしてヨーロッパ全土にかけるのと同じだけの圧を娘にもかけてる。それでいうと、うちの母もすごく圧が強いんですよ。

中島 お母さーん、今日お見えですかー?

吉川 来てないです(笑)。

中島 でもこれまでの作品をお母さんは読んでる?

吉川 読んでます。小説で母娘問題を書き続けているのは、母に向かって訴えているようなところがあるんですね。分かってほしくて。でも、都合のいい部分だけを「これって私のことだよね♪」とか言って喜んでいて、こちらが伝えたいことについては何も届いていないんです。

名古屋の女性は生きづらい?

中島 偏見だったら申し訳ないんですけど、トリコさんがずっと暮らしている名古屋という土地も「女性はこうあるべき」というような圧が強い場所かなという気もするのですが。

吉川 私は26歳で作家デビューして「ちょっと変わった人」という枠に入ったので、そういうものから逃れられたんですが、妹や周りの友だちを見ていると「結婚しない女は人に非ず」「子を産まぬ女は人に非ず」みたいな圧力を受けてますよね。

中島 ぎゃーーー!!

吉川 名古屋の女の子が自由に生きている話を、と思って書いた作品(『ぶらりぶらこの恋』)を東京の友だちが読んでくれて「この子けっこう縛られてるね」と言われたことがあって、ハッとしました。自分も「名古屋的価値観」が無意識に内面化されてるんだ、と。

中島 ジェンダーに関することは「刷り込み」のように内面化されているものが本当に多い。ジェンダーギャップ指数114位(144ヶ国中)の国で生まれ育つとどうしてもそうなってしまうわけです。

吉川 ほんと、先進国とは思えない順位......。

中島 『マリー・アントワネットの日記』は、フェミニズム的な意味でも正しいんです。「でも、あのマリー・アントワネットでしょ?」って思われるかもしれませんが、彼女が痛快に斬ってくれるんですね。当たり前のようにはびこる女性蔑視や性の不平等を。それは私たちが今も変わらず抱えている問題でもある。読んでいて「あいつに渡したい!」って思う女友だちが何人も思い浮かびましたよ。

十人十色のアントワネット

中島 私はマリー・アントワネット自体にはこれまであまり興味がなかったんです。「ベルばら」(『ベルサイユのばら』)を読んでもあまり共感しなかった。

吉川 「ベルばら」のアントワネットは気高いですよね。だからちょっと遠い存在に感じるのかな。

中島 ソフィア・コッポラのアントワネットもたしかに等身大でかわいいんだけど、話は合わなそう(笑)。でもトリコさんのアントワネットはとても好きなんです。友だちだな、と思うんです、心の底から。どうしてかというと、「立場主義」とは無縁な人だから。「王妃」や「母」という立場でものを考えるのではなく、本質で考える。

吉川 私は90年代に高校生で、コギャル全盛期だったんですね。私はギャルじゃなかったんですけど、ギャル幻想があるんです。ギャルは無敵、ギャルこそが本質を突くっていう。

中島 ああ〜。それは分かる。

吉川 この作品は私のギャル幻想の結晶なんでしょうね。

中島 あとは、この新潮社が誇るアントワネットといえば遠藤周作先生の『王妃マリー・アントワネット』(上下巻・新潮文庫)ですよ! どうですか、これは?

吉川 すごく面白いんです。展開も巧みで、翻訳ものの評伝より読みやすいと思います。でもちょっと、ミソジニー(女性嫌悪)があるんですよね......。

中島 「女特有の○○」みたいに書いてあるところがあって、ぐぬぬ......となる。ただ、さすがの遠藤先生、ぐいぐい読ませます。そしてアントワネットといえば、やっぱりフェルセン(スウェーデンの名門貴族の家に生まれた軍人。フランス遊学中にアントワネットと出会い、恋仲になる)。「ベルばら」ではフェルゼンですが、フランス語読みとしてはフェルセンですね。

吉川 私も「ベルばら」でしか知らなかったんですけど、他の文献も読んでいくと「えっ、嘘でしょ!?」というエピソードの連続なんです。少女漫画かよ!?っていうような史実がたくさんあって。

中島 21世紀に入ってマリー・アントワネット研究が急速に進みまして。アントワネットとフェルセンがやりとりした恋文の暗号が解読されて、本当に二人が恋仲だったことが分かったんですよね。私たちの妄想じゃなかった!

アントワネット人気は日本特有?

吉川 アントワネットは本国フランスでも人気なんですか?

中島 うーん、二年間フランスに住んでいたときには、フランス人からマリー・アントワネットの話題が出たことはなかったですね。日本では一昨年に六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで大規模な展覧会が開かれたり、アントワネットの世界観を模したビュフェに予約が殺到したりしましたよね。圧倒的に日本人女性からの人気が高いと思います。

吉川 やっぱり「ベルばら」の影響?

中島 そうですね。フランスに住む友だちは、アントワネット人気が高いのはアメリカと日本だけじゃない?と言ってました。

吉川 それはどうしてなんでしょうか。

中島 あの華美で豪奢なヴェルサイユ宮殿は現代フランス人の趣味じゃなさそう。「シンプル・シック」が好きな人たちですから。派手好き、エキゾチズム(異国情緒)好きのアメリカ人には合うんじゃないかな。あと、歴史上の人物を「好き」「嫌い」「萌え」みたいな価値観で語るのは、とても日本的な文化だと思います。

吉川 なるほど。キャラとして見るスタンスが根付いている国ですもんね。

我ら、ルイ16世推しです!

中島 フェルセンもいいんですが、なんといっても、我らの推し・ルイ16世についてお話しさせて下さい。皆さんの「ルイ16世観」は20世紀で止まっているかもしれませんね。ルイ16世=錠前ヲタの小デブと思っていませんか? 大間違いですよ!

吉川 肖像画では、国王は実際よりも恰幅よく描かれるものだったみたいですね。

中島 最近歳のせいかちょっとやそっとのことじゃ涙が出なくなっていたんですが......甘かった。アントワネットとルイ16世の最後の別れの場面、朝の東急目黒線で号泣ですよ。

吉川 嬉しい〜。

中島 ああ、こういう人だったんだ、って。絶対王政ではなく民主制の時代に生まれるべき人でしたよね。新しいタイプのリーダーだった。それはアントワネットも同じなんです。ヴェルサイユ宮殿の窮屈なしきたりに疑問をもって、それを表明した彼女自身が「革命」だった。そんな二人が革命によってギロチンにかけられて死んだというのが本当に皮肉です。

吉川 ルイ16世はあの時代の王として、マッチョな精神を持て、雄々しくあれ、と「男らしさの呪い」に苦しめられた人だと思うんです。今の目で見ると、現代的で進歩的ですごくすてきな人。ベルナール・ヴァンサンの『ルイ16世』(祥伝社)はそんな人物像に迫っていて、おすすめです。

中島 いや、『マリー・アントワネットの日記』こそ爆推しですから! 私が気に入っているのは、結婚式の最中にアントワネットが大笑いしてしまって「トワネットちゃんオワタ\(^o^)/」というところ。また親切に、ネットスラングやギャル語に編集部から注釈がついてるんですよ。ものすごくなめくさった解説が......。「つらみがエグくて俺氏無理ぽよ」に「『ひどく辛くて私は無理だ』の意。」とか(笑)。100年後には資料的価値も出そう。「平成の日本人はこのような言葉を使ってウェブ上でやりとりをしていたのか」と。

吉川 たしかに(笑)。文体ははちゃめちゃなんですけど、史実に忠実に書きました。

中島 そう。歴史小説ファンにも自信をもって推薦します!

二〇一八年七月二十六日

神楽坂la kagūにて

 (よしかわ・とりこ 作家)
 (なかじま・まきこ フランス語講師)

吉川トリコ『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)(新潮文庫nex)978-4-10-180130-8,31-5