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対談・鼎談

『ざんねんなスパイ』刊行記念対談

最高にふざけた、最高に面白い小説

 第二回「新潮ミステリー大賞」の受賞作『レプリカたちの夜』でデビューした一條氏。同作は「果
たしてこれはミステリーなのか?」という議論を巻き起こしたが、同賞の選考委員である伊坂氏
は「とにかくこの小説を世に出すべきだと思いました。ミステリーかどうか、そんなことはどう
でもいいなあ、と感じるほど僕はこの作品を気に入っています」と激賞した。
 受賞から三年、一條氏が第二作『ざんねんなスパイ』を上梓したのをきっかけに、伊坂氏が聞
き手役となり、新刊について語り合ってもらった。

伊坂幸太郎 × 一條次郎

伊坂 『ざんねんなスパイ』、読みました。めちゃくちゃ面白いですね! 一行目から最高でした。「市長を暗殺しにこの街へやってきたのに、そのかれと友だちになってしまった......」。

一條 ありがとうございます。もう、そこで終わっとけばよかったです。

伊坂 それはだめです(笑)。最初、二作目が出ると知ったときに「最終兵器として温存されてきたスパイが、市長を暗殺しにいく話」と聞いて、「え、一條さんがそんなアクションエンタメを」とドキドキしていたんですけど、編集者から、「あらすじだけ聞くとそう思いますけど、まあ一條さんですから、そうはならないですよ」って返されて(笑)。「ですよね?」と答えつつ、とにかく、すごく楽しみで。拝読したら、期待以上でした。百点満点中、五十万点! みたいな気持ちで。もちろん、欠点とかまずいところとかあるとは思うんですけど、そういう減点がどうでもいいような気持ちになるので、百点満点というより五十万点という気分で。

一條 五十万点ていうのがよくわからないですが(笑)、うれしいです。

伊坂 エンタメっぽくはないですけどかといって世界観だけを面白がらせるだけじゃなくて、スパイものとしての筋書の面白さはちゃんとありますよね。飄々としているのに、読者を引っ張っていく力がちゃんとあって。ちょっとしたユーモアとか、ふざけてる部分とか、『レプリカたちの夜』のときのよかった部分も全部残っている。こんな面白い作品を二作目で読めるなんて、新潮ミステリー大賞の選考会で推した僕、えらいぞ、と思いました(笑)。

一條 あ、それ、ほっとしました。「こんなはずじゃなかったんだけどな」ってなるかもと思ったりもしたので。

伊坂 このお話はどこから発想されたんですか?

一條 なんていうか......静かにしなければいけないのに、うるさくなってしまってこまる、みたいなイメージが最初だと思います。

伊坂 何ですかそれは、そこが既にめちゃくちゃ面白いですね。

一條 そこからいろんな方向に話を考えていくんですけど、以前書いた短編で、主人公の預かった猫が、音がうるさいとどんどん大きくなってしまう――というのがあって。それとスタート地点はいっしょです。

伊坂 なにそれ。それも読んでみたい(笑)。静かにしてないとダメな状況なのに、外的圧力とか不可抗力によって、何かが起こってしまうということですか。

一條 はい。周りがうるさかったり、騒動が起きたり。今回は、そのときにどういう状況が一番大変かなと考えて、スパイだったら大変だろうなと思い、主人公をスパイにしました。

伊坂 そのスパイが、73歳の自称「最終兵器」という設定はどこから?

一條 いちばんスパイに向いてなさそうな人にしようと。

伊坂 あ、でも、たとえば僕がおじいちゃんスパイを書こうとしたら、昔は活躍してたっていう設定にしそうな気がするんです。でも今回の主人公は、今まで一度もチャンスが巡ってこなかったっていう設定ですよね。そこは何か理由があるんですか?

一條 引退したスパイということにする案もあるにはあったんですけど。なんとなく、やめました。

伊坂 なんとなくなんだ(笑)。すごいなあ。僕、結局、小説の書き方って作者の勘で作られていると思っちゃうんですけど、その「なんとなく」の判断が、一條さんのセンスなんですよね。事前のプロットは書かれるんですか。

一條 一応、プロットみたいなものは書きました。大まかに決めておかないと、自分でもどこへ行ってしまうかわからないので。

伊坂 その段階で、登場人物とかも決めてますか。

一條 そうですね。まず、世界全体というか、そこにどういう人や物がいて、それらがたがいにどういう関係性があって、一つが動くとどういうふうに影響するかということを、なんとなく紙にメモして、線とか矢印とかでつなげたり並べたりしています。話の筋ではなく、その世界の設計図みたいなものを考えるというか。

伊坂 あ、僕もだいぶ近いです。いつも、まず人がいて、その人同士の関係がどうなっているのかっていうのを、アイディアノートに書いていっています。そのあとはどうされるんですか?

一條 その世界の人たちがそれぞれどういうふうに関係しているのかがわかってくると、あとは何か一つが動けば他もどう動くのかが見えてくるので、それを辿っていきます。ぜんぶを頭の中だけでやっているとわけがわからなくなるので、スケッチブックとか、そのへんの紙とかにいろいろ書き出してみて......。

伊坂 何だかそれ聞いているだけで面白いですね。箱庭の町みたいなものをつくっている感覚でしょうか。

一條 ええ、まあ。そこでいろいろなことが起こるんですけど、その中から、話に関係あるところだけを拾っていくみたいな感じです。いつもやりかたは決まってないんですが、今回はそういうやりかたになりました。

「人間なんてみんなふざけている」

伊坂 ゲラを拝読しながら、あちこちに僕、「ふざけてる!」とか「うそだろ」とかいろいろツッコミというか、喜びを(笑)書きこんでいたんですけど、とにかくそういう箇所がたくさんあって、最高でした。相当、ふざけてますよね。

一條 そうですね、ふざけてます。

伊坂 お話の中でも「人間なんてみんなふざけている」っていう一文が出てきますし。「ふざけやがって! いいぞ、もっとやれ!」っていう、ネットで見る文章みたいな心境でした(笑)。物語のはじめのほうから、いきなりイエス・キリストが主人公のスパイの家を訪ねてきて、「福音を届けにまいりました」って言うの、すごくないですか? しかも、「福音ならまにあってます」って真面目に答えてるし(笑)。このやりとりだけでとても面白いんですけど、出落ちじゃなくて、彼がイエス・キリストであるということが物語の後半でも重要な意味をもってきますよね。

一條 あ、はい。関係してきますね。

伊坂 あれも、やられた、って思いましたし、あと、スパイに暗殺指令がくだる方法もすごく面白かったです。あれはどうやって考えられたんですか?

一條 あの部分は、『数字の国のミステリー』(マーカス・デュ・ソートイ著、新潮文庫)という本に出てきた話をもとにしました。なんかものすごい昔に、そういう暗号の伝え方があったらしいです。

伊坂 元ネタがあったんですね。いや、でもだからって、このエピソードには結びつかないですよ。思いついたとき、「やった!」ってなりませんでした?(笑)僕なら絶対なるなあ。

一條 うーん、「これで大丈夫かなあ」という感じでした。

伊坂 あはははは(笑)。「用心するのを忘れないように用心しよう」っていう表現は? これ思いついたら嬉しいですよね。

一條 うーん......。

伊坂 えっとそれじゃあ、主人公が踊るダンスのネーミングが「フリースタイルオクラホマミキサースペシャル」っていうのは? これはさすがに「やったー!」ってなりません? これ出てきたら僕、うれしくてその日は仕事やめちゃうと思います。

一條 はい、うれしかったです(笑)。

伊坂 これは元ネタないですもんね。

一條 聞いたことないですね。

伊坂 このダンスも後半、再登場するんですよね。そこも含めて完璧だなあ、って感動しました。ダンスといえば、「ロッキン肺炎ブギウギ流感」っていう病名も出てきますけど、これは医学的に実際にあるんですか?

一條 医学的にはないです(笑)。アメリカにそういうタイトルの曲があって、その邦題をそのまま使いました。

伊坂 あ、こういう曲があるんですか。全然知らなかったです。じゃあ、ショッピングモールの名前がワリダカっていうのは?

一條 ないです。勝手につけました。

伊坂 (笑)。あと、「手数料がかかるかどうかわからず"試しに千円だけ"おろしてみる」っていうくだりも笑いました。

一條 あ、それは、自分で実際にやったことです。

伊坂 これ元ネタは自分なんだ(笑)。

一條 ATMでお金をおろすとき、「土日は手数料かかるんだったかな?」と思って、試しに少額おろしてみたら、一回分の手数料をとられました。それならふつうに必要な額をおろせばよかったです。自分でもなにをやってるんだろうと思いました。

小説ならではの面白さ

伊坂 一條さんの作品には、小説ならではの面白さが鏤められていますよね。「『みなさん、なんとかしてここから逃げてください!』とアバウトな指示を出す」とか。「アバウトな指示」と言ってしまうおかしみは、映像ではまず表現できないと思います。

一條 あ、そのアバウトっていうのは、伊坂さんの担当編集者のOさんからきているんです。

伊坂 えっ、そうなの?

一條 第三回の新潮ミステリー大賞の授賞式で、花束を贈呈するときの段取りがよくわからなくて、担当の編集者さんに聞いたら、「取り仕切っているOさんがすごくアバウトな人なので、わたしもよくわかりません」って言われたのがなんか面白くて、記憶に残っていて......。

伊坂 まさかOさんがそんなかたちで貢献しているとは(笑)。他にも挙げていったらキリがないほど好きな表現がたくさんあるんですけど、元ネタがあったり、実体験だったり、かと思えば完全なる創作だったり、いろいろ混在しているのがすごいですよね。面白いなあ。しかも、そうやってふざけているんだけど、作品を読み進めていくと、差別とか分断みたいなことが、大きなテーマになっていることにも気づきます。後半になるにつれ、帰属意識とか、「わたしたち」と「かれら」という区別がどこから来るのか、という話も出てきて、どきどきしました。

一條 テーマから考えるということはしないので、段々そうなったというか、テーマみたいなものは後からついてきた感じです。そのほうがいいかなと。

伊坂 絶対そのほうがいいと思います。

一條 テーマが先にあると、自分の場合、たぶん書けない気がします。

伊坂 そうですよね。僕も面白い話を書きたいだけなんですけど、書いているうちに、普段「いやだな」と思っていることとかが、なんとなく入ってきちゃうんですよね。それがテーマと勘違いされがちなんですけど。

一條 あ、やっぱりそれありますよね。今日は伊坂さんのサインもいただけてうれしかったです。生まれて初めて人からサインをもらいました。だいすきな『PK』のサイン本、宝物にします。

伊坂 僕も一條さんのサインがほしいな。

一條 いえ、それは大丈夫です。

伊坂 えっ、サインってそういうシステムだっけ? 頼まれた側が「大丈夫です」っていうのOKなの?(笑)この本は僕にとっての小説の希望なんですよね。この小説が好きな人、たくさんいると思うんですよ。これを読んで、小説って面白いってみんなに思ってほしいんですよね。これからもどんどん書いてください。次も勝手に楽しみにしています。

 (いさか・こうたろう 小説家)
 (いちじょう・じろう 小説家)

一條次郎『ざんねんなスパイ』978-4-10-339872-1