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書評・エッセイ

2018 Summer Special
My Favorite Shincho Bunko Best5

わたしの選んだ「新潮文庫」5冊

今年の夏も「新潮文庫の100冊」を全国展開中ですが、
しかし新潮文庫は100冊のみにアラズ。
むしろ100冊のうしろにスゴい隠し玉があるとも言え……。

すっと気温を下げる五冊

角田光代

●文鳥・夢十夜 夏目漱石著
●清兵衛と瓢箪・網走まで 志賀直哉著
●贖罪(上・下) イアン・マキューアン著/小山太一訳
●ゴールデンボーイ 恐怖の四季 春夏編 スティーヴン・キング著/浅倉久志訳
●残穢 小野不由美著

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 じりじりとした夏の気温が、読んでいるうち、二、三度落ちるように感じられる小説五作を選んだのだけれど、選びながら、「こわい」ってこんなに幅が広いのだなあとあらためて気づいた。『残穢』のこわさは、至極まっとうな怪談の恐怖で、小説の奥に潜む強烈な闇に、一行読むたびにのみこまれていくようだ。ホラー小説の名手、スティーヴン・キングの『ゴールデンボーイ』は、超常現象ではなく、ごくふつうの人間の持つおそろしさを描く。ひょんなきっかけで、自分でも気づかなかった心の奥底の怪物が、目覚めていく恐怖。後味の悪さは、収録作「刑務所のリタ・ヘイワース」が拭ってくれるはず。
『贖罪』のこわさは重苦しい。たったひとつの証言が人の運命をこんなにも大きく変える。証言をした少女は、嘘をついたのではない、そう思いこんだというだけなのだが、それが間違いだったと成人した彼女が気づくときの、深い穴に落ちていくような恐怖を読み手も生々しく味わえる。
『文鳥・夢十夜』の話はどれも、はじめて読んだときから、自分の経験のように私の内に染みついてしまった。はかなくうつくしい、あの世での記憶みたいに。
 こわい小説は古今東西多々あれど、私を激しく恐怖させ動揺させる短編小説「剃刀」が収録されている『清兵衛と瓢箪・網走まで』を、こわさに呼ばれて幾度読み返しただろう。表題作もへんなこわさだ。
 こんなにもたくさんの「こわい」がある。こわいというのは、紛れもない、ひとつの感動なのである。

 (かくた・みつよ 作家)

夏目漱石/志賀直哉/イアン・マキューアン/小山太一訳/スティーヴン・キング/浅倉久志訳/小野不由美『文鳥・夢十夜』/『清兵衛と瓢箪・網走まで』/『贖罪(上・下)』/『ゴールデンボーイ 恐怖の四季 春夏編』/『残穢』978-4-10-101018-2/978-4-10-103004-3/978-4-10-215723-7 978-4-10-215724-4/978-4-10-219312-9/978-4-10-124029-9