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波

対談・鼎談

オオヤサントボク大家さんと僕

矢部太郎

1,080円(税込)

一風変わった大家さんとの“二人暮らし”の日々は、ほっこり度100%!

1階には大家のおばあさん、2階にはトホホな芸人の僕。挨拶は「ごきげんよう」、好きなタイプはマッカーサー元帥(渋い!)、牛丼もハンバーガーも食べたことがなく、僕を俳優と勘違いしている……。一緒に旅行するほど仲良くなった大家さんとの“二人暮らし”がずっと続けばいい、そう思っていた――。泣き笑い、奇跡の実話漫画。

『大家さんと僕』手塚治虫文化賞短編賞受賞記念特集!

「治虫さんと僕」

38万部を突破した矢部太郎著『大家さんと僕』が第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。
本職の漫画家以外では初の受賞となる快挙に、6月7日に行われた贈呈式は大盛況。
手塚氏の長女・手塚るみ子さんとの記念対談と、矢部さんによる当日のルポ漫画をお届けします!

手塚るみ子 × 矢部太郎

原点は手塚作品

手塚 はじめまして。今日お話できるのを楽しみにしていました。

矢部 ありがとうございます。ツイッターではやりとりさせて頂いたことがありましたが、僕も今日お会いできて光栄です。

手塚 先ほどの贈呈式では、選考委員の里中満智子先生が、矢部さんの漫画家としての才能をベタ褒めして下さいましたね。

矢部 客席の一列目に座っていたので恐縮しつつも、とても嬉しかったです。

手塚 受賞のスピーチでの感極まったお姿には、私ももらい泣きしそうでした。

矢部 お客さんの前で、一人であんなに喋ったのは初めてで......めちゃめちゃ緊張しました。

手塚 芸人さんなのに!?

矢部 僕に5分も時間をくれるテレビ番組なんてありませんから(会場笑)。

手塚 (矢部さんが上手で)立ち位置はこれで大丈夫ですか?

矢部 カラテカの立ち位置なんて、気にしないで下さい(笑)。先ほどの緊張があったので、「対談」という形式にすごく安心しています。でも、いまご紹介頂いたアナウンスで気が付いたのですが、「手塚治虫生誕90周年記念対談」と冠がついていて、僕なんかでいいのかと......。

手塚 いえいえ。私は受賞が決まる前にすでに読ませて頂いていたのでなお、心から嬉しいです。

矢部 わ......ありがとうございます! 僕もこの賞はずっと憧れていた賞で、受賞された作品もほとんど読んでいます。

手塚 『大家さんと僕』は本当に素晴らしい作品です。面白いのに泣けてきて、でもその涙は決して悲しいものではなくて......。きっと手塚(治虫)も嫉妬していると思いますよ。

矢部 あ......スピーチでは恐れ多いことを言ってしまいました。

手塚 でも同時に、「俺でも描ける」とも言うと思うけど(会場笑)。トキワ荘に大家さんがいらしたか分かりませんが、「トキワ荘の大家さんと僕」なんて描いちゃいそう。

矢部 それはすごく読みたい!

手塚 漫画はお一人で描かれているんですよね?

矢部 そうです。

手塚 1ページ8コマという形式や、シンプルな線と可愛らしい絵柄からは、手塚の初期の作品『マアチャンの日記帳』が思い出されました(マアチャンは4コマですが)。私自身も手塚の原点に戻るような懐かしい気持ちにもなって。

矢部 そんな風に言って頂けて、本当に嬉しいです。僕としては、こちらが思ってもないようなことをおっしゃる大家さんが素敵すぎて、それをそのまま描いただけで......。

手塚 知性とユーモアのある大家さんのキャラクターはもちろん魅力的です。でも、それを漫画に描くときの、矢部さんの表現力が何より素晴らしいと私は思いました。例えば、大家さんと矢部さんがお昼ご飯を食べに行くとき、風が強くて二人が飛ばされそうになる場面で、大家さんの髪の毛がゴム風船のように伸びて描かれているところなど、感動すら覚えました。

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矢部 僕も大家さんも小柄で軽いから、人より風を受けちゃうんです。番組の企画で、僕は風で飛ばされる実験をさせられたこともありますし(会場笑)。あのコマでは、二人で風を受けて、髪の毛も洋服も体全体もすごく動いた感じを表現したかったんです。

 それに手塚先生の『マンガの描き方』という名著がありますが、その中で「漫画の人物には、骨も関節もない」とゴム人間に例えていらっしゃって、その影響も受けているんだと思います。

手塚 確かに、手塚の作品のキャラクターも、ゴム鞠のように、大きくなったり小さくなったり自在に変化します。そういえば、手塚のファンクラブに入って下さっていたのですよね?

矢部 今日いらっしゃっている多くのファンの方を前に恐縮なのですが、小学生の高学年の時に入っていました。この賞を受賞したと父に報告したら、当時のグッズを色々と送ってくれまして、今日持ってきました。

手塚 これは会員証ですね、初めて見た!

矢部 え!? ファンクラブ入っていなかったんですか?

手塚 入っていませんよ、ファンじゃないし(会場笑)。

矢部 名誉会員みたいなものですかね?

手塚 ただの家族です(笑)。

矢部 ファン以上の存在ですよね、大変失礼しました(笑)。

『火の鳥』に救われた矢部少年

手塚 そもそもは、なぜ手塚作品を好きになって下さったのですか?

矢部 藤子不二雄先生の『まんが道』がきっかけでした。それまでも『ブラック・ジャック』などを読んだことはあったのですが、『まんが道』では、いかに手塚先生の漫画が革新的であるかということが分かりやすく説明されていて、ただ作品が面白いという以上の「偉大さ」みたいなものを感じました。それで、『地底国の怪人』『新宝島』など、色々と読むようになりました。

手塚 『まんが道』がきっかけで手塚作品に触れてくれる方は多く、藤子先生には本当に頭が上がりません(会場笑)。特に印象に残っている作品は何ですか?

矢部 悩みますが......やはり『火の鳥』でしょうか。これは40歳の僕ら世代の「あるある」だと思いますが、図書室に唯一置いてある漫画で、僕も中学校の図書室で出会いました。受賞スピーチでも少し話しましたが、中学校の頃教室に居場所がなくて図書室に逃げ込んでいた時、壮大なストーリーにただただ圧倒されてしまって。「僕の悩みなんてどうでもいいことだ......」と俯瞰的に自分自身を見られて、救われました。

 それに、そんな重厚な作品なのに、子供の僕にでもちゃんと分かるように描かれているのも、手塚先生の素晴らしいところだと思います。『ガラスの地球を救え』を読んで、初めて環境問題の大変さを知った時など、ちょっとだけ大人に近づけたような気持ちにもさせられて。

手塚 エッセイも読んで下さっていたとは! 幼い矢部さんの心に手塚作品が刺さり、後の『大家さんと僕』につながったのだとしたら、何より嬉しいです。

「絵描きの父」を持つもの同士

手塚 今日もいらして下さっていますが、矢部さんのお父さまは絵本作家でいらっしゃるんですよね。

矢部 はい。『かばさん』や『あかいろくん とびだす』といった絵本があります。

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手塚 それを聞いて納得したのは、『大家さんと僕』で矢部さんと大家さんが乗る車が空を飛ぶ場面です。新宿の伊勢丹に向かう道がまっすぐなのは、滑走路にするためだったのではと話すなかで、突然車がふわっと浮く......あの表現は本当に素晴らしい! 実話に基づく大家さんとの日常は実にリアルなのに、いきなり空想の世界が現れる――浮かんだ瞬間に、急激にロマン溢れる世界になることに驚きました。お父さまのご職業のことは後に知ったのですが、現実とファンタジーの両方を描く「絵本」というものの影響を受けていらっしゃったのだろうなと。それに、きっと、矢部さんが実際に、空を飛んでいる気持ちになられたのですよね?

矢部 ありがとうございます、その通りです。「いま車が飛んだ」「あ、ここにもホタルがいる」と、大家さんと一緒にいるその時々に感じたことをそのまま描きました。

手塚 例えば映像化されるとしても、あの「ふわっ」と浮く感じ――大家さんとの時間があたたかくて特別であるからこそ、というあの感じが、果たしてどこまで伝わるのだろうかといったことも考えたりしてしまいました。何度読んでも涙が出るのは、漫画でしか伝わらない、そんな「空気感」に心動かされているのかもしれません。

矢部 そんな......ありがとうございます。そもそも、僕の実力では車が上手に描けないということもあるのですが(笑)。このエピソードを描くとき、手塚先生の『新宝島』の冒頭の場面を思い出しました。シンプルなコマ割りのなか、疾走する車が生き生きと描かれていて、「車を描く」と言えばあれだな、と。

手塚 幼い頃から絵は描かれていたのですか?

矢部 父のアトリエが自宅の庭のプレハブでしたから、絵は身近でした。絵の具や筆、スケッチブックに画用紙と道具もたくさんあって、父が絵を描いたり、編集者の方と打ち合わせをしたりするのをよく覗きに行っていました。そういえば、父とはよく動物園や河原にスケッチにも出かけました。父はとにかく、その瞬間瞬間を記録したい性分で、ご飯の準備ができても家族を待たせてまでその日の献立を絵に描くので、描き終わるまで食べられないという......。

手塚 毎日の食卓を描いて何になるんでしょうね?

矢部 僕が訊きたいです(会場笑)。

手塚 日記みたいなものかしら。

矢部 そうですね、今でいう「インスタ」の先駆けだったのかもしれません(笑)。

手塚 うちも自宅内に父の仕事場があったのですが、「お仕事の邪魔をしちゃだめ」と母に言い聞かされていたので、父が漫画を描く姿はほとんど見たことがありません。それでも部屋に入り込んで、床にたくさん落とされた描き損じの原稿を拾っては、アトムをなぞり、自分で続きを描いたりもしていました(会場どよめく)。

矢部 それはすごい......!

手塚 小学生の頃には自分でもノートに漫画を描いて友達に見せたりもしていました。

矢部 僕は赤瀬川原平さんの本で宮武外骨という人を知り、彼の「滑稽新聞」を真似して、家族に見せる「太郎新聞」を作っていました。

手塚 4コマ漫画の連載も!?

矢部 漫画は描いていなくて、いち編集者として従兄弟が描いた4コマを載せていました(会場笑)。矢部家十大ニュースを僕が文章を書いて発表したりもして。

手塚 そうすると、常にお父さまの絵と共にある環境の中で、矢部さんは絵や文章に知らず知らずのうちに触れていらっしゃったのですね。矢部さんの観察力と、観察した現実の出来事を楽しく、あるいは強調して表現することに長けているルーツが少しわかったような気がしました。今回の受賞でお父さまはなんとおっしゃっていましたか? 

矢部 「脱力感がいいね」と言ってくれました(会場笑)。

手塚 ありがたいお言葉ですね(会場笑)。あっという間にお時間になってしまいましたが、最後に、里中先生が「漫画界に引っ張りたい」とまでおっしゃっていました。これからどのような漫画を描かれたいですか?

矢部 まずは今「週刊新潮」で連載中の、「大家さんと僕」の続編を頑張ります。そして、ゆくゆくは、他にも何か描くことができたらいいなと思っています。

手塚 ぜひ! 期待しています。それにしても、緊張して股間を触る矢部さんの癖が出なかったのが、残念で......(会場笑)。

矢部 なんなんですか、このオチ!(笑)。

 開催:浜離宮朝日ホール

 (てづか・るみこ プランニングプロデューサー)
 (やべ・たろう お笑い芸人)

矢部太郎『大家さんと僕』978-4-10-351211-0