書評

2018年5月号掲載

男前な記者たちの物語

――本城雅人『傍流の記者』

村上貴史

対象書籍名:『傍流の記者』
対象著者:本城雅人
対象書籍ISBN:978-4-10-121133-6

 日本人記者が強打のメジャーリーガーを追う『ノーバディノウズ』で松本清張賞の候補となり小説家デビューした本城雅人。二〇年間の新聞記者経験をもつ彼は、同作でサムライジャパン野球文学賞大賞を受賞し、続く第二作『スカウト・デイズ』でもベテランの辣腕スカウトを新聞記者の視点を交えて描いた。それ以降も、野球、競馬、サッカーなどを題材に記者を絡めた作品を発表し続けてきている。近年では、スクープを連発する野球面デスクを軸に据えた『トリダシ』で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞の候補になり、記者たちが児童連続誘拐事件を追う『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞を射止めた。さらにその後、IT企業による買収宣告に揺れる新聞社を題材とした『紙の城』を発表するなど、より記者に重きを置いた作品を手掛けてきた(並行して、スポーツ重視の小説も放っている)。
 そんな本城雅人の最新作『傍流の記者』は、六つの短篇をプロローグとエピローグで挟む構成で、新聞社という組織のなかで新聞記者をきっちりと描いた一冊だ。現在は政治部によって傍流に追いやられたものの、かつては東都新聞の看板だった社会部に配属された六人の同期入社の男たちは、それぞれに成果を上げ、四〇代半ばとなった現在では、別の道を選んだ一人を除く五人で社会部の部長の座を争っている。その同期六人が、六つの短篇でそれぞれに主役を務めるのだ。
 警視庁キャップの植島は、女子大生殺害事件の報道に関して、部下の働きにもどかしさを感じていた。第一話は、そんな彼の悩みを、家庭での夫婦の模様を交えながら綴っている。部下との関係維持の難しさという普遍的な題材が、取材と記事化という新聞記者の仕事を通じてくっきりと描き出されているのだ。コミュニケーションが淀むと、「よかれと思って」という気持ちですら悪い結果を導いてしまう。それを改めて伝えてくれる一作である。
 第二話は、調査報道班キャップの名雲が主役だ。上と波風を立てず、先輩たちに守られながら経験を積んできた名雲は、社会部長から昇格を仄めかされ、成果を求められていた。著者はこの一篇で、同期たちとは対照的な名雲を中心に据えて、徹底的に資料と睨み合う調査報道で他社に差をつける"凄味"を読者に伝え、植島とはまた異なる若手との関係の悩みも描き、さらにミステリとしての妙味も加えた。読みどころの多い一篇だ。
 スクープのためなら東京地検に出入り禁止になることも厭わぬ姿勢で実績を重ねてきた司法キャップの図師も印象深い。巨額の粉飾事件の取材と、部下のライバル紙への移籍を扱った第三話でもまた、プレイヤーとマネージャーの両面を求められる立場の難しさが、もがき苦しむ図師を通して浮き彫りにされている。
 遊軍キャップだった城所を主役に、新人獲得の際の人選の難しさを語る第四話は、米国野球をよく知る著者のセンスが光る一篇。第五話では国税担当経験を持つ土肥を通して部下の管理の難しさを描く。最終話となる第六話では、六人の同期の競争から一人外れた人事部の北川を中心に、政府と報道機関の関係や、それを反映する政治部と社会部の関係を深掘りする。
 以上六篇によって本城雅人は、新聞社で生きることを六つの角度から示した。新聞社ならではの特徴はあるが、主題の本質は、社会人に共通する悩みである。それだけに、各篇での各人の苦悩が読み手の心に刺さる。よい短篇なのだ。
 そして、だ。この六つの短篇の連なりのなかで、同期の六人は、様々な異動も経験する。なかには納得できない人事もあった。そうした異動の意味が、本書の終盤で明らかになる。大きな物語としての企みも愉しめるのだ(彼等の名前も含めて)。さらに、エピローグにおいては、その六人が存在する意味が、新聞社の覚悟を示すかたちで示される。胸が熱くなり、血が滾る場面がここに待っている。エンターテインメントとして最良のピリオドである。現代日本に問題意識を持つ方なら、なおさらそう感じるだろう。
 記者を経験し、記者を描いてきた本城雅人だからこそ生み出せた本書――なんとも男前な記者たちの物語である。

 (むらかみ・たかし 書評家)

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