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書評・エッセイ

セイゲツインペイソウサ07棲月―隠蔽捜査7―

今野敏

1,728円(税込)

竜崎伸也、大森署最後の事件!? 正体不明の敵に立ち向かう、激動の長編第7弾。

私鉄と銀行のシステムが次々にダウン。不審に思った大森署署長・竜崎は、いち早く署員を向かわせるが、警視庁の生安部長から横槍が入る。さらに、管内で殺人事件が発生。電話で話した同期の伊丹から「異動の噂が出ている」と告げられた竜崎は、これまでになく動揺する自分に戸惑っていた――。大人気警察小説シリーズ、待望の第9作!

『棲月 隠蔽捜査7』刊行記念特集

竜崎伸也、遂に転勤!?

――今野敏『棲月 隠蔽捜査7』

池上彰

 隠蔽捜査シリーズも遂に7冊目となった。実は3冊目の次に3.5、5冊目の次に5.5という短編集が出ているので、それも合わせると9冊になる。今野敏は、さまざまなジャンルの小説を書いているし、警察が舞台のシリーズも多いのだが、私にとって格別なのは、この隠蔽捜査シリーズだ。主役の設定がユニークだからだ。
 警察庁のエリートキャリア官僚だった竜崎伸也は、家庭内の不祥事によって、警視庁管内の大森警察署の署長に左遷される。警察署長という役職は、通常は警視か警視正の身分だが、竜崎は警視正の上の警視長という高位の身分のままで警察署長に降格処分になっている。
 このため、大森警察署を管轄する第二方面本部の本部長や管理官も身分は下なので竜崎には強く出られない。
 さらに竜崎の立場を強くするのは、警視庁の伊丹俊太郎刑事部長が警察同期で幼馴染みだからだ。竜崎は、捜査の過程でしばしば伊丹刑事部長と電話をする。対等な口をきく竜崎の態度に、周囲の警察官は仰天する。こんな逆転現象の設定で話が進むのが隠蔽捜査シリーズだ。
 今回起きた事件はサイバー犯罪だ。私鉄と都市銀行のシステムがほぼ同時にダウンした。偶然なのか。「偶然などというのは、警察官の考えることじゃない」と言い切る竜崎署長。システムダウンした鉄道会社と都市銀行の所在地は大森署管内ではないのに捜査員を送り込む。管轄かどうかなどとうるさく言う役人根性とは無縁の竜崎の面目躍如だ。
 しかし、これには警視庁の管轄の部長が異議を挟む。さらには第二方面本部長も登場し、投入した捜査員を引き揚げさせるように求める。この官僚組織ぶり。警察は巨大な官僚組織だ。今野敏の小説では、この官僚組織の描写が秀逸だ。
 ここに今度は殺人事件発生。となれば、今野敏ファンなら、サイバー犯罪と殺人事件が無関係であるはずがないと推理するだろう。果たして思わぬ展開が待っている。
 殺人事件の被害者は十八歳の少年。大森署の少年係が以前からマークしていた不良少年だった。それが、なぜサイバー犯罪と関係するのか。読者の推理心を掻き立てる。
 今野敏の隠蔽捜査シリーズでは、事件の捜査と並行して、家庭内での問題が生起するのも特徴だ。今回は、竜崎を散々悩ませてきた息子の邦彦がポーランドに留学したいと言い出す。困惑する竜崎......。という展開ならお馴染みだが、今回はさらに竜崎の転勤の話が舞い込んでくる。
 警察のキャリア官僚に転勤はつきものだ。二〜三年ごとの転勤は当たり前。いったんは大森署に左遷された竜崎だが、実績を積み重ねてきたのだから、元のエリートコースの軌道に戻るのは当然のこと。ところが竜崎は動揺する。なぜなのか。ここに私は竜崎の成長ぶりを見る。
 エリートコースの階段を順当に登ってきた竜崎は、所轄と称される警察署を低く見ていた。ノンキャリアの警察官のことも信用していなかった。大森署に赴任したばかりの頃は、合理主義一辺倒で、部下たちに煙たがられる。
 ところが、大森署の現場の捜査員たちと仕事をするようになって、彼らの仕事ぶりを見直すことになる。署長ながら最前線に出て指揮を執るようになり、竜崎と現場の捜査員たちの間に心の交流が垣間見えるようになってくるのだ。これがシリーズ物の魅力だ。読者はシリーズを読み進めることで竜崎の成長ぶりも見ることができる。
 捜査が進展するにつれ、竜崎の異動先も明らかになってくる。転勤先を知って、頷く人もいることだろう。このシリーズの5で、竜崎は、そこの県警に乗り込んで摩擦を引き起こしているからだ。察しのいい人ならば、「竜崎はいずれここの県警本部に着任することになるのではないか」と推理できたはずだ。実は私も、そのひとり。思わず膝を叩いた。大森署を離れても、また別の活躍の場が用意されているはずだ。
 とはいえ、すっかり慣れ親しんだ大森署が名残り惜しい。そう思うのは、私だけではないだろう。本書の最後で、竜崎がなぜ転勤の話を聞いて動揺したかの理由が明らかになる。竜崎は、明らかに人間として成長したのだ。

 (いけがみ・あきら ジャーナリスト)

今野敏『棲月 隠蔽捜査7』978-4-10-300259-8