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書評・エッセイ

ひとりでも(みんなでも)もりあがーる?

――村上春樹/イラスト:カット・メンシック『バースデイ・ガール』

辛島デイヴィッド

 読後も何日もつきまとい、仕舞いには夢にまで侵入してくる。村上作品の魅力はそこにある。と、その短編を英訳で数多く「ニューヨーカー」誌に掲載してきた編集者に言われ、思わず頷いてしまったのを憶えている。カット・メンシックによるイラスト付きの『バースデイ・ガール』も独特な読後感のある作品だ。さらっと読めてしまうのに、読み終わった後も思わず何日も考えこんでしまう。もしくは何も考えていないときにノックもなく、のしのしと靴のまま脳内に上がり込んでくる。
『バースデイ・ガール』の主人公は、年上の公認会計士と結婚していて、(おそらく公認の)子供が二人いる。ペットはアイリッシュ・セッターで、車はアウディ。週二回は友人とテニスを楽しみ、日本では馴染みの薄いバンパー・ステッカーについても軽く冗談を交わせる。そんなプチセレブ(?)な(でも笑みには影のある)女性が語る、十年以上前の「二十歳の誕生日」の出来事を聞き手/語り手の「僕」が再現する。
 二十歳の誕生日を迎えた「バースデイ・ガール」は孤独だ。大分の両親と離れ東京(近郊)で暮らしており、高校時代から付き合っていたボーイフレンドとも喧嘩別れしたばかり。誕生日には、イタリア料理店のバイトを休めるように手配したものの、シフトを代わってくれるはずだった「もう一人のアルバイトの女の子」が風邪で寝込んでしまい、結局働くはめになる。
 前半の舞台であるレストランは、メニューから客層から店内を流れる音楽まで細やかに描かれている。次から次へと出てきては姿を消したり存在を忘れられてしまう働き手たちもみな魅力的だ。「雰囲気はいかにもひやりとして硬く、夜の海に浮かべておいたら、船がぶつかって沈んでしまいそう」なレジ係の女性の過去に想像を巡らせるだけでも、長編一本分の楽しみがある。
 一見、穏やかな雰囲気のその店内にも、厳密なヒエラルキーが存在する。君臨するのは、なぜか絶対にお店に顔を出さない「オーナー」。その下にいるのは、鏡なしでボウタイを結べるのが自慢の「フロア・マネージャー」。判を押したように毎晩八時にチキン料理を同じビルの六階の部屋に届けるという「まるで宗教的な儀式」を通して、唯一オーナーに会う権限を持つ。「オーナー」に直接アクセスのない「下働き」のフロアスタッフは、全員マネージャーの厳しい監視下にある。怒鳴るコックもいるし、二十歳の誕生日を過ごすのに最適な場所だとは言い難い。
 しかし、「もう一人のアルバイト女の子」に続き、「十年以上、一度も仕事を休んだことはなかった」マネージャーが突然体調を崩すと、「彼女」の物語は急展開する。タクシーで病院へ行くマネージャーから指示を受け、(村上作品では往々にして異世界へとつながる)エレベーターに乗り込み、食事を「オーナー」に届けることになる。
 主人公は偶然の積み重ねや事の流れに身を委ねているようにも見える。「彼女」自身、最後まで自分は言われた通りにしただけだと繰り返す。しかし、「彼女」は意外と言われた通りにしていない。二十歳の誕生日ぐらい「少しくらい普通じゃないことがあったっていいじゃない」との思いが勝ってか、ポイントポイントで指示や示唆を無視し、我が道をこじ開ける。そして、一人の白髪の「老人」が君臨するおとぎ話のような空間で、究極の選択を迫られる。本作は、中学校の教科書にも使われているが、大学の授業で――それこそ大人になることについて最も真剣に考えている二十歳(ハタチ)前後の――学生と読んでも、この「選択」について必ず様々な解釈が飛び交う。
 メンシックの適度に毒のあるイラストは、主人公の葛藤を強調すると同時に、その内面を覗き込みたくなる瞬間を見事に切り取り、読者をその場に一瞬長く立ち止まらせる。村上の独特な表現を絵に「翻訳」するのを得意とするメンシックだが、本作でも「航空写真に撮られた深い渓谷」のような額のしわなどの比喩をピックアップしたり、「チキンであること」など他の言語に訳すのもなかなか難しい表現に(心臓の形をしたひなを描くなどして)独自の解釈を当てはめている。
 短編集『バースデイ・ストーリーズ』が英語圏で初めて刊行された際、その中の「バースデイ・ガール」一作で一冊分の価値があると断言した評者もいたが、イラスト付き『バースデイ・ガール』は、その軽やかな文体や絵のタッチとは裏腹に、ずっしり重みのある一冊だ。

 (からしま・デイヴィッド 翻訳家、作家)

村上春樹/イラスト:カット・メンシック『バースデイ・ガール』978-4-10-353435-8