対談・鼎談

2017年11月号掲載

『大家さんと僕』刊行記念座談会

私たち、大家さん大好き人間です。

春日俊彰 × 矢部太郎 × 能町みね子

SNSで話題の実話漫画「大家さんと僕」の刊行にあたって集まったこの3名、いったい何の共通点が?
デジタルな時代にアナログな関係、「間借りのススメ」を大いに語り尽くす!

対象書籍名:『大家さんと僕』
対象著者:矢部太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-351211-0

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大家さんと旅行って、「あるある」?

能町 一対一ではそれぞれ面識がありますが、三人で話すのは初めてですね。自分で言うのもナンですが、かなり異色な組み合わせで。

矢部 共通点は、大家さんが住む一階の部屋のすぐ上に間借りしている、したことがあること。春日くんと僕は今もしていて、能町さんは五年くらい前まで約十年間されていたんですよね。

能町 そうです。

矢部 僕の漫画『大家さんと僕』は、仲良くなった大家のおばあさんとの暮らしを描いたもので、今日はお二人と間借りの楽しさや面白さ、大家さんとの思い出などをお話しできればと思いました。

能町 矢部さんが漫画を描かれたことはツイッターで見てもともと気になっていたのですが、読んだらものすごく面白かった。特に間の取り方が素晴らしくて、矢部さん、もう普通に「漫画家」ですよ。

大家さんと僕P57
『大家さんと僕』
57ページより

矢部 わぁ、嬉しいです! ありがとうございます!

春日 私も読みました......大したもんだなっ!

矢部 ありがとう、持ちネタで褒めてくれて(笑)。

春日 でも冗談抜きで、面白くて一気に読みました。正直に白状すると、初めはパラパラっと何話か読んで情報を拾って、それに合う自分の話をすればいいかなって思っていたのですが、読み出したら「分かるなー」って共感するところがたくさんあり、結局全部読んじゃいました。

能町 家賃を手渡しするときに部屋に呼ばれてお茶をする、会話の端々に五十年以上前の話題が出る、世間話の大半が健康や体調のこと......といった「大家さんあるある」に、私も共感しまくりでした。

春日 大家さんのちょっとした「毒」もたまりませんよね。「二〇二〇年まで生きてないから、東京五輪には興味ないわ」なんてブラックジョーク、どう返答していいやら(笑)。

矢部 ギャグなのか本気なのか分からないことが結構あって、笑っていいのかいつも迷います(笑)。いまの家に住んで八年になりますが、大家さんと仲良くなったのは家賃の手渡しがきっかけでした。渡しに行くたびにお茶に誘われて、それが思いのほか楽しく毎月必ず大家さんのお部屋にお邪魔するようになったんです。

能町 毎月のお茶会ですね(笑)。

矢部 それ以外にも「スイカ半分いかが?」「桃むいたから来ませんか?」と、お裾分けのお誘いもしょっちゅうあって。

能町 私の場合、大家さんとのお茶会で出されるのはなぜか毎回フルーツ牛乳と桃缶でした。

春日 なぜその組み合わせ(笑)。

能町 たぶん、若い人は甘い物が好きという認識なんです。

矢部 「お若いのだからたくさん食べて」と勧められたり、地方ロケで買ったお土産を渡すと、必ずそれ以上のお返しを下さったり......。

春日 矢部さんがすごいのは、大家さんと一緒に出かけているでしょう。新宿の伊勢丹でご飯食べたり、まさかの九州旅行に行ってしまったり、すごいですよね。

能町 もはや友達です。

矢部 一月分の家賃を払いにいったときなど、そこから少しお金を抜いて「これお年玉です」ってキャッシュバックして下さるんですよ。

春日 それは羨ましい!

能町 友達であり孫であり......。私は一緒に外出はしなかったけど、背中に湿布を貼ってあげたりはしましたね。

矢部 能町さんも充分、よく分からない関係じゃないですか(笑)。

春日 私はお二人ほどの関係ではないかな。大家さんの部屋にあがったこともなく、家賃を渡しに行った時に余っていた栄養ドリンクを頂いたのが唯一のお裾分けかなぁ。それに今、四ヶ月くらい家賃を滞納しちゃってるんですよ。「そろそろ今月はお願いします」と筆ペンで書かれた紙がドアに貼られてました(笑)。

能町 え、なんで!?

春日 私も手渡しなんですが、毎月だと忘れてしまうことも多いからここ何年かは半年分一括で払うことにしていて......。

矢部 そのまとめて払うのを忘れちゃっている(笑)。

春日 タイミングが合わないだけです、払わないつもりは断じてない!(笑)

春日の経験人数は「一人」!?

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春日 お茶会やお裾分けはないですが、私の大家さんは私の仕事を相当応援してくれています。売れる前に毎月部屋でネタライブをやっていたのですが、十名くらいのお客さんが入って二時間わーわー騒いでいても文句一つ言われたことがありません。過激なロケも全部OKで、元横綱の曙さんが朝の七時にうちに来て玄関ドアをぶち破ったときなど、どーん、どーん!と音をたててドアの横の壁が崩れていくのを、大爆笑しながら見学していましたからね。

矢部 NGなしのハウススタジオだ(笑)。

春日 番組側の負担で修復されるにしても、自分のアパートがめちゃめちゃにされているのを笑って見られるってなかなかのツワモノですよ。雨の中ファンの方が家の前で待っていた時、大家さんが自分の部屋にあげて待たせてくれたこともありました。私の帰りが遅かったので、「サインもらっておいてあげるからもう帰りなさい」と対応してくれたみたいで。

能町 大家さん兼マネージャーさん。芸人さんが住むにはぴったりのアパートですね。

矢部 お土産あげたりお歳暮を渡したり、なにかお返しはしてるの?

春日 いやー、まったくしていません(笑)。そういえば、契約する時に交渉したら、家賃もあっさり二千円下げてくれました。

矢部 大家さんに甘えっぱなしじゃん!

能町 春日さんらしいですね(笑)。

春日 それにどうやら、大家さんの息子さんが風呂ありにして入居者を増やすべく建て替えを検討しているのを、「春日さんが住んでいるうちはやめて」と大家さんが反対してくれているらしいんです。

能町 めちゃめちゃいい話じゃないですか。

春日 僕が出るテレビもほとんど見てくれているみたいですし。

能町 家賃はおいくらなんですか?

春日 三万九千円です。

矢部 なおさら早く払いなよ(笑)。もう随分前ですが、春日くんのアパートには僕もロケで行ったことがあります。

能町 かの有名な「むつみ荘」ですね。

春日 ありましたねー。確か、所沢の私の実家にまで来て頂いたロケだ。

矢部 途中の休憩でみんなジュースを買ったのに、春日くんだけ買わなかったこともよく覚えています。

能町 当時からマジケチだったんだ(笑)。

春日 当時の方がひどかったです(笑)。

矢部 むつみ荘にはいつから住んでいるの?

春日 M-1グランプリに出るずっと前、2000年くらいからなので、もう十七年になります。初めての一人暮らしだったのでとにかく安いところをと他にも風呂なしアパートを内覧しましたが......風呂なしって結構ヤバいんですよ。妖気が漂っているんですよ......。

能町 すごくよく分かります。私も風呂なしで探して何軒か見ましたが、「ここは......無理!」と即断することが多かった。

春日 建物自体が古いこともありますが、「ここから頑張って世に出て行くぞ!」という前向きな気持ちより、「終着点」のように感じられて......。でもむつみ荘にはそんなこと一切感じなくて、見た瞬間「ここに住みたい」と即決でした。完全に"ビビビ契約"です。

能町・矢部 おー!

春日 以来むつみ荘一筋、むつみ荘しか経験してない私です。

能町 言い方(笑)。でもある意味いま日本で一番有名な賃貸アパートですもんね。大家さんはおいくつなんですか?

春日 七十代くらいのおばあちゃんで、一人で住んでいます。

矢部 僕は引っ越しの挨拶に行ったら大家さんがなぜか未使用のウォシュレットを下さって、ああこの部屋とは長い付き合いになるなと思いました。

春日 そんな引っ越し祝い聞いたことないし、ビビビのポイントがオカシイでしょ(笑)。

能町 実用的ですけどね(笑)。

矢部 大きい家に一人で寂しいし怖いから空いた部屋を賃貸に出した......という経緯があるから、余計に可愛がってくれているのかもしれません。こんな非力な僕ですが(笑)。

いつ退去すべきか、それが問題だ

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矢部 「加寿子荘」での間借り生活について書かれた能町さんのエッセイ『お家賃ですけど』(文春文庫)が大好きで、今回お会いするのにあたって読み直してみたら、僕はだいぶ影響を受けてこの漫画を描いたのだなと気がつきました。

能町 ありがとうございます。私の大家の加寿子さんもおばあさんで一人暮らし、当時すでに八十歳くらいでした。大正生まれの女性なのに大学を出ていて教養があり上品で、笑い声は「うふふ」。矢部さんの大家さんが「ごきげんよう」と挨拶される描写には思わず懐かしくなりました。

矢部 僕にとっては、大家と店子の関係でなかったら間違いなく一生出会わなかった階層の方です(笑)。

能町 加寿子荘は駅から近く環境も良かったですし、元々は下宿用に建てられたのか外から見ると古い一軒家にしか見えなくて、内階段だから逆にセキュリティも良い。真鍮のドアノブや木製のトイレのタンクなど細かいところもいちいち素敵で、それに驚いたのは、不動産屋では部屋番号を「2-2」と聞いていたのに、NTTに登録された正式な住所は「○○様方二階手前」で、そんなところもたまらなくツボでした。

矢部 僕も「××様方二階」が正式な住所です。

春日 それは面白いですね。住所に「様方」がつくとは、まさに一緒に住んでいるってことなんだ。

矢部 確かに大家さんの存在をいつも一階に感じるから一人暮らしっぽくないのかもしれません。夜中は階段を静かに登ろうとか、テレビの音量を下げないと、とか。実家にいたときと同じ感覚ですね。

能町 加寿子さんは階段を一段一段雑巾で拭いて掃除するなどマメな方で、古いけど中はとても奇麗でした。数年かけて加寿子さんのお部屋にも入れてもらえるようになったのですが、ピカピカに磨かれた木の床に、置かれた古い家具のどれもが魅力的な素敵なお部屋で。「散らかっていて、ごめんなさい」と言われても、どこが散らかっているのか分からないほど片付けられてもいました。

矢部 大家さんって掃除好きですよね! 漫画にも描きましたが、僕の大家さんも家の前をほうきで掃くのが好きで、お部屋もいつお邪魔してもすみずみまでピカピカ。自分の部屋と比べると、とても同じ建物とは思えないくらいです。

春日 そんなに素敵なお部屋をなぜ出てしまったのですか?

能町 少しずつ収入が増えていったある日、近所のすてきなマンションに空室を見つけて、今引っ越さないと一生ここかも......と考えてしまったんです。でも後悔しました。というのは、私と同じ時期に隣の部屋の人も退去したので、春日さんのお話ではないですが、加寿子さんの息子さんが建て替えるなら今しかないと取り壊しを決めてしまったんです。

春日 うわーー! むつみ荘の未来だ!

能町 しかも、私は忘れていたのですが、住み始めた当初「一生住んでもいいと思ってます」と言ったことを、加寿子さんは覚えてらっしゃって......。

春日 「この先誰が私の湿布貼ってくれるのよ」って(笑)。

矢部 あー辛い......。能町さんのその一言がすごく嬉しかったんだろうなぁ。

能町 解体工事も勝手に見届けたんですが、壊れていく様子を号泣しながら道端から見ました......。

春日 わはははははは!

能町 でも引っ越し先も加寿子荘の近所だったので、その後もたまにお茶するなど、今も交流は続いています。嫁がうるさい、孫が冷たいといった身内の愚痴もよく聞くので、大家さんの家庭状況は相当把握していますし、旦那さんとの馴れ初めや独身時代にお見合いさせられた相手が嫌だったという秘話も聞かされ、ご家族よりも大家さんの過去に詳しいかもしれないです。

矢部 僕も漫画を読まれた大家さんの甥っ子さんから、「マッカーサーがタイプだったなんて初めて知りました」と言われたことがあります。逆に家族には話さない、話せないことなのかもしれません。

春日 ひとつ屋根の下に住むけど身内じゃない――ちょうど良い距離感なのかも。

能町 お二人はどうするんですか? いつかは出ることもあり得ますか?

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矢部 「矢部さん、結婚はどうなの?」と大家さんからたまに質問されるのですが、僕の結婚に興味があるわけではなくて、結婚したら僕が引っ越してしまうと心配しているんです。結婚の予定なんてないのでそう答えると、「じゃあまだしばらく住んで下さるのね、嬉しい」と安心されるから、引っ越しはいま、考えられないですねー。

春日 私も引っ越しはまったく考えていません。広さ的に夫婦で住むのは厳しいけれど、セカンドハウスとしてあの部屋はずっと残したいと思っています。

能町 あとは大家さんの息子さん次第(笑)。

春日 自分から出て行くことはまずないです。それくらい気に入っています。

矢部 それぞれ、良い大家さんと巡り会いましたね。

能町 そもそも大家さんと接することって、あんまりないことですからね。

春日 接するとしたら注意されるとき。"大家さん運"が良かったなと思います。

矢部 とりあえず春日くんはこの雑誌を、「大家さんの話をしました」って、お土産と一緒に持って行ったらいいんじゃないかな。

春日 わかりやした。家賃の支払いもそこまで引き延ばせるかな~。

矢部 それは早く払いなよ(笑)。

 (かすが・としあき お笑い芸人・オードリー)
 (やべ・たろう お笑い芸人・カラテカ)
 (のうまち・みねこ 漫画家/エッセイスト)

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