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書評・エッセイ

今月の新潮文庫

未来はいつも面白い

――太田光『文明の子』(新潮文庫)

酒井若菜

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「一度でも死にたいと思ったことがある人は、絶対に魅力的なんだよ!」
 テレビの中でそう声を荒らげる太田光さんの姿に、私はポロポロと涙を流していた。死にたいとか自殺とか、若者の拙い欲を叱責するどころか、肯定してくれる。そんなことを言う大人を、初めて見た。
 太田さんの文章と出会ったのは、私が生きることが上手くできずにいた頃だった。たまたま目にしたTVBros.の爆笑問題の連載。私はその文章を読み終えると同時に、「ああ、生きるか死ぬかは、次号の文章を読んでから決めよう」と思っていた。二週間経って、私はTVBros.を朝一番に買いにゆき、太田さんの新しい文章を読んで思った。「ああ、やはりこの人だけは、私の痛みを知っている。あともう一号だけ、読んでみよう」。そんな風に「あと一号だけ」「あと一号だけ」と繰り返していくうちに、「太田さんの文章を読めなくなるくらいなら、生きてたほうがマシだ」と思うようになった。
 死ぬ欲よりも、太田さんの文章を読みたいという欲が、勝った瞬間だった。物語が、一人の若者の現実にある命を確実に、紛れもなく、救った瞬間だった。
 私は、TVBros.の連載だけでは飽き足らず、太田さんの文章を読み漁るようになった。その頃すでに、100冊近い書籍を出版していたであろう太田さんの著作(爆笑問題名義も含む)を読むのには、それなりに時間がかかる。私は私の空虚な時間を、全て太田さんの文章で埋めていった。
 私は没頭した。
 そんな没頭の最中に、この書評文の冒頭に書いたシーンを、私はテレビで見たのである。
 太田さんの言葉によって生かされていた。そうして、太田さんが文章を書き続けてくれているおかげで、私は今でも生きている。太田さんの文章がなくなったら、私はきっと、あっさりとまた、生き甲斐をなくしてしまうだろう。

 ある時、初の小説集『マボロシの鳥』が発売された。『マボロシの鳥』は、がんじがらめで全てを諦めた少女の話から始まる。そして最後の物語では、主人公が自らを解放し、ほんとうに行きたかった場所へと旅立つ。私はこの小説集を、一つの大きな「解放」の物語だと思っている。
 そして、『文明の子』。すでにある「解放」から始まるこの小説は、元冒険者たちに、もう一度冒険をさせてくれる、そんな物語だ。
 なにもわざわざ諦めなくてよい。なにもわざわざ悲観することはない。と。
 解放は時に、心の無法地帯を意味する。しかし太田さんは、自分たちが選び、築いた解放までの道のりを、つまりは「文明」を、もう少し歓迎してやったっていいじゃないか、と叫んでいるような気がした。
 作中にも出てくる大切な台詞だが、『文明の子』以外でも、太田さんはよく「未来はいつも面白い」と書かれている。
 元々は、『みつばちマーヤの冒険』に登場する「未来はとても面白い」という台詞を太田さんが気に入り、サインを求められるとその言葉を色紙に添えて書いていたらしいのだが、ある少女が、その言葉を「未来はいつも面白い」だと勘違いした。そのことを知った太田さんは、「未来」と「いつも」の文法が咬み合っていないことを、面白がった。そのほうがいいじゃん、と。
「未来はいつも面白い」。
 そこには、太田さんの「希望」が溢れている。文明は、後世の若者が苦しまないようにと、優しさから生まれたものだと、きっと思っている。
 優しさを否定しないで。
 優しさから生まれた新しい命たちを否定しないで。
 この『文明の子』には、そんなメッセージが込められている。そしてそれを証明するようなあとがきが、今回文庫化するにあたり、あらたに書き下ろされている。
 私は、あとがきに書かれている政治家とのやりとりをテレビで観ていたし、お父様の戦時中のエピソードをラジオで聴いていたし、藤城清治(ふじしろせいじ)さんのエピソードもネット記事かなにかで読んでいた。点と点が繋がった。どうして太田さんが『文明の子』を書いたか。理由が分かった。
 こんなにも優しい人が、文章を書き続けてくれていることが、私は嬉しい。太田さんは絶対に「過去」を蔑(ないがし)ろにしたり、「今」に言い訳したり、「未来」を突き放したりしない。文明を拒否しない。そして何より、言葉の力を信じている。
 だから太田さんの言葉に救われた私もまた、言葉の力を信じている。
「未来はいつも面白い」。
 その言葉を。

 太田光さまへ
 はい。届いていますよ。
     読者代表 酒井若菜より

 (さかい・わかな 俳優・作家)

太田光『文明の子』(新潮文庫)978-4-10-138353-8