書評

2017年9月号掲載

神楽坂ブック倶楽部イベント詳報!

あなたは今、どんな書体で読んでいますか?【後編】

鳥海修

あなたの好きな小説の文庫本を作るとしたら一体どんな書体を選べばよいでしょうか?
〈書体の神〉がすべての本好きに贈る、眼から鱗の実践編。
於・ラカグs?ko

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表1

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表2

 ここに小説があるとして、その本文には一体どんな明朝体を選べばよいのか? それを数値化したのが表1です。何だか、すごくつまんない感じですね(会場笑)。でも、これ、よく見ていくと面白いですよ。ここに書体選びの全てが詰まっていると言っても過言ではありません。
 端の1から30までの番号はそれぞれ表2の書体番号と対応しています。例えばNo.1の黎ミンLという書体がどんなものか知りたい場合は、表2の1番を見て下さい。表1は三十種類の書体がそれぞれどんな個性を持っているかを、一番上の段の〈太さ〉、〈大きさ〉、〈大小の差〉といった項目ごとに示しています。これらの観点から、僕は書体を作ったり見たりしています。
 では、順に解説していきましょう。
 まず〈太さ〉。数字が大きいほど太く、数字が小さいほど細い、という見方になっています。一見至極単純な項目ですが、実は文字のサイズに大きく影響します。太めの書体を使って小さな文字で組むと、どうなると思いますか。黒くつぶれる部分が多くなって、紙面が黒々と息苦しい印象になりますよね。ですから特に意図のない場合は大体3か、少し細めの2を選ぶと良いです。ちょっと太めの4などを使うとしたら、何かを強調したいときですね。

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図1

 次に〈大きさ〉。これは単なる文字のサイズではなく、一文字分の枠(ボディ)の中での文字自体の大きさ(字面)を指しています(図1)。小さなデザインの書体を使って小さいサイズで文字を組むと相当読みにくくなるので、避けるべきです。逆に言えば、保険の約款みたいな、できれば読んでほしくない文章を組むときにはいいんじゃないでしょうか。皮肉です(会場笑)。それと印象論みたいなことでいうと、大きい文字はなんとなく子どもっぽい感じがしますし、逆に小さい文字は大人っぽい雰囲気がありますね。
〈大小の差〉。これは、たとえば「の」は横幅が広く、「り」は狭いといったような、文字ごとの大きさの違いです。この差は縦組みか横組みかを決める際に特に注意しないといけません。縦組用の活字を横に組んだら、文字と文字の間にまばらな空間ができてしまってかなり大変なことになります。
 もっと言えば、平仮名って本来は縦組用の文字なんです。平仮名の書き方を思い出してみてください。たとえば「あ」。左上から書きはじめ、最後は右から左下に向かって終わりますが、平仮名にはこういう文字が多いんです。なぜかというと、平仮名は縦に書くことで発展してきた文字だから。上の文字から続いてきた筆の流れ(運筆)を受けて、左上から文字を書きはじめ、左下に向かって終わっていく、これら全ては次の文字に繋がっていこうとする運筆なんです。だから、横書きには馴染まないのです。それがなぜ横にも組まれるようになったかというと、理由は三つあると思います。
 一つは物理的な理由で、活字の単位が正方形であるということ。正方形は縦にも横にも組むことができる合理的な形です。なぜ正方形になったかというと活字の黎明期に遡ります。明治のはじめに日本に入ってきた活字は、正方形の枠に入った漢字でしたが、日本語を組むためには、その漢字に合わせて仮名の活字を作る必要がありました。だからそれまでは連綿体(仮名同士が繋がって言葉を表したもの)であった仮名を一字一字に切り離し、漢字と同じ大きさの正方形の枠に収めるという方法をとったんです。
 二つ目の理由は、日本語の中に英数字の使用頻度が高くなったこと、三つ目はPCなどの電子デバイスのほとんどすべてが、横組用に出来ているということです。これらの理由から横組活字が普及していくんですね。
 ただこれは「不可能ではない」というだけの話で、本当にきれいな組みを作ろうとすると、もっと別のアプローチで作った、横組用の書体が必要だと僕は思います。
 それから、〈線の抑揚〉。これはそれぞれの文字で太い部分、細い部分があるというような「うねり」の大きさを指しています。「うねり」って、僕が勝手に名づけてるんですが、うまく想像できない方は表をたどっていって、5に○がついている書体(リュウミンR-KL、リュウミンR-KSなど)をご覧ください。抑揚が大きいものは、コントラストが強く、本文ではやや重い感じになります。それから個性が強くでる傾向にあります。僕は長文を読むにはできるだけ個性の少ない書体の方がふさわしいと思うので、1に近いほうが良いですね。そもそも基本的に、抑揚の差がある書体を本文用に作るということはほとんどないです。
 先ほどと同じく印象論で言うと、線の抑揚が大きい書体って、みなさんはどんな感じをうけますか? 僕は和の趣があるなと思っています。反対に小さいほうは洋な雰囲気。だから、海外文学なんかは抑揚が小さいものを選ぶと良いんじゃないでしょうか。それから、小さいほうがよりシンプルで、大きいほうはなんだか複雑な印象を受けます。
 次、〈柔らかさ〉。......説明できるかな、これ(会場笑)。そうですねえ、線がしなやかで運筆(次の画に向かう勢い)がみえるようなものは柔らかいです。対して直線的で、一画一画がとぎれていると硬い書体だといえますね。和か洋かという話をすると、やっぱり柔らかいほうが和的なイメージ。そして温かい感じ。一方、硬いほうがより洋風で、冷たい印象があります。だから、クールな文体の海外文学なんかを組む場合は、より硬めな書体を選びたいですね。
 それから、〈フトコロ〉。例えば、中心の空間がふっくらと広い「り」。フトコロの広い字は明るくて新しい感じがしますが、ちょっと子どもっぽいとも言えるかもしれない。シャープで縦長い「り」は大人びているけど、やや暗くて重い印象。
 それから、〈粘着度〉。これはつまり、筆脈が残っている文字のことです。新潮社がよく使う秀英体は粘着度が強い書体ですね。ちょっとクラシックな印象になります。漱石や太宰によく合いますね。
〈形の新旧〉、これは、平安時代の仮名を思い浮かべてくれると良いんですが、その時代のスタイルを踏襲してるかそうでないか、というふうに考えてください。
 それから〈普遍性〉。これはある種の「癖のなさ」を指します。ですから、普遍性の高い書体は、より読みやすい一方で没個性的とも言えます。このあたりは選ぶ人の感性で、「ちょっとこれは個性的過ぎるんじゃないの?」とか、「あまりにも普通で面白くないね」とか、そういうフィーリングの問題になりますね。だからこそ考え始めるととても深くて面白いトピックです。
 それから、〈濁点〉。本文書体を選ぶときは、濁点の大きさがとっても大事です。その組の大きさになったときに、「ばびぶべぼ」と「ぱぴぷぺぽ」がきちんと読み分けられるような書体を選ばないといけません。これはどういう小説に合うかという以前の、本文書体選びの基本です。

 15番の書体は、私たちが作った游明朝体ですが、表1のようにほとんどの項目が3ですよね。まるで僕の成績みたい(笑)。ただし、普遍性は5。なんかもう、すいません、自画自賛で(会場笑)。
 5番を見てください。これはリュウミンRの漢字に秀英三号という平仮名・カタカナ用書体を組み合わせたものです。
 みなさん仮名用フォントってご存知ですか? 文字通り仮名に特化した、仮名だけしかないフォントのことです。だから、実際に本文を組む際には別の書体の漢字と合成して使います。ただ、Adobe の「Illustrator」や「InDesign」というソフトを使わないと合成できません。もしくは仮名(あるいは漢字)の部分を一つ一つ選択して変えていくという、非常に面倒くさいことをするしかないんですよね。
 では5番について、それぞれの項目を見ていきましょう。〈太さ〉は、ちょっと太め。〈大きさ〉は小さめ。例えば「り」を見ていただくと分かりやすいです。この「り」、30種類の中で一番小さいんじゃないかな。文章の中にたくさん出てくると、すごく文字が小さいなあという印象になります。それから、〈大小の差〉。これは大きいですよね。「り」の小ささに対して「あ」がすごく横に広い。〈線の抑揚〉は大きめ。そして〈柔らかさ〉、これは比較的柔らかいです。ちょっと直線的でもあるのですが......これを話し出すと長いので今回は省きます。〈フトコロ〉はすごく狭いですね。「り」なんか二画の間の空間がかなり絞られていて、「え」も中心に閉じている感じ。それから「す」のループもごく小さい。これこそフトコロが狭い文字!という感じです。〈粘着度〉は高いです。次の画につながっていくようなリズムを強く感じますよね。「す」なんか、ほら、一画目の横棒が今にも二画目の縦線につながらんとするような勢いでしょ。そして縦線は下にズーッと流れていくじゃないですか。これはかなりの粘着度ですよ。それから、〈形の新旧〉については、これは明治時代に作られた仮名なので、検討するまでもなく古いと言えます。〈普遍性〉、やや低い。〈濁点〉は小さいです。 img_201709_25_13.jpg
 これらの要素を総合すると、この書体は本文にはふさわしくないと言えますね。実際、小説の本文に選ばれているのをあまり見ません。ただ短歌にはとても良く合うんです。図2と3は斎藤茂吉の歌で、12番と5番の書体を使ってベタ(特別に字間を空けない組み方)で組まれています。率直に、どう感じますか?
 図2(12番)は全然ダメでしょ。これ、うち(字游工房)で作った書体です(会場笑)。短歌、俳句とか和歌って、やっぱり一文字一文字を大事に味わいたいじゃないですか。だから字間はこだわって空けるべきだし、小説の本文よりは文字自体を少し大きくして、しっかり見せないといけない。となると、文字一つ一つの情報量がより多い書体がいいわけです。情報量が多い書体というのはつまり、より癖が強い書体という意味です。
 一方5番はどうでしょう(図3)。〈大小の差〉は大きいし、〈フトコロ〉は狭いし、〈粘着度〉も高い。これはかなり情報量が多い書体だと考えていいと思います。〈線の抑揚〉が大きいので、細い部分が細くなりすぎないよう少し大きめに組んでもいいですね。これと比べると、図2はすごくサッパリしています。この場合、断然図3の5番でしょ?
 続いて夏目漱石、『こころ』。これを文庫にするとしたらどうでしょうか。
 ちょっとどんな感じの小説か思い出してみてください。男が二人死ぬ話ですね(会場笑)。しかも二人とも自殺。なぜ死んだかというと、女性問題です。先生は結婚する前からずっと奥さんの事を好きだったんだけれども、同じく奥さんのことを好きな友人がいた。先生はそのことを知っていながら「僕も」って言えなくて、秘密を抱えていたある日、先生と後の奥さんとが仲良くしているところをその友人が目撃してしまう。それで自殺しちゃうんです。すごい小説ですよね。
 僕がこの作品のポイントだと思うのは、これだけ女性がキーになっている作品にもかかわらず、女の人がほぼ登場しないということです。女性の台詞がほとんどない。さて、ここまで聞いて何かイメージが浮かびましたか。
 それぞれの項目を検討して、表1からふさわしい書体を探しましょう。まず〈太さ〉。これは一般的に考えて中庸がいいと思います。4、3もしくは2。〈大きさ〉。うーん、これも中庸、もしくは小さめ。つまり3か2ですね。〈大小の差〉。これは比較的古い小説ですが、文庫本ですから、文字が小さくなりすぎないよう大小の差はあまりないほうがいいです。とはいえクラシカルな雰囲気も欲しい。だから3か、2かな。〈線の抑揚〉。これはあったほうがいいんじゃないですかね。日本を代表する小説ですから、和のテイストはより強い方がいい。3か4ですね。
〈柔らかさ〉。この小説は後半に展開される先生の「心情の吐露」がかなり重要なファクターになるので、柔らかいほうがいいです。3か2。次に〈フトコロ〉。漱石ですから、絶対狭いほうがいいですよね。フトコロが広くて子供っぽい雰囲気の文字なんて、絶対使ってほしくない。〈粘着度〉。これはある程度高いほうがいいですよ。だってネチネチした小説だもん(会場笑)。4か3ですね。〈形の新旧〉。新しいものでは気が進まないですが、あまりにも古いと初版復刻版の趣が出てしまうので、3か4かな。〈普遍性〉。これはもちろん高い方がいい。3か4、もしくは百歩譲って2。〈濁点〉。やはり本文書体ですから3か、少し大きめの4。でも、4の書体はないですね。
 ということで、この条件にすべて当てはまる書体はありますか。
 ――25番。
 ――15番。
 15番? 偉い(会場笑)。
 ――6番。
 なるほど。確かにどれも条件に近いです。
 ところが、実はこの中に、他でもない『こころ』のために私たちが作った書体があるんですよ。16番の文麗仮名です。
 私はこの書体を作るにあたっては、今検証したようなやり方で考えなかったんです。ただ、作品を読んで、この素晴らしい文章は流れるように読んではもったいないという気持ちが強くあったので、一つ一つの文字をしっかりと読めるようにと考えました。字間に少し余裕を持たせたり、若干扁平にして粘着度を高めたり、線に「タメを作る」......というとまた抽象的になっちゃうんですけど、ゆっくりとした運筆を心がけました。
 それで、もう一つ強く意識したのは、先ほど言ったようにこの小説に女性がほとんど登場しないということ。だから、影の主人公でもある、奥さんの気持ちを代弁するような仮名にしたかったんですね(仮名はもともと女性のための文字です)。
 実はこの文麗仮名は、『文字を作る仕事』(鳥海氏の著書)の本文書体としても使われてます。皆さん、良かったらどこかで手に取ってみてください。16番が組まれるとどうなるのかがわかりますので。それで、自分が漱石作品を組むとなったら本当にこの書体でいいのか、考えてみてください。
 あのう......今からすごい自慢話をします(会場笑)。文麗仮名を作ったときの話です。
 これはキャップスという組版会社(本などの本文組を作る会社)の依頼で製作しました。組版会社ってたくさんあって、それぞれモリサワさんとかフォントワークスさんの書体をみんな一様に持っています。だからどの会社も割合条件が同じなんですね。それですごい価格競争が起きます。
 それを嫌がったキャップスさんが、自社専用の書体を持ったらどうかというふうに考えました。それで、近代文学向けのものと、プロレタリア文学向け、女流文学向け、翻訳もの向けの四つの仮名書体を作って欲しいと依頼が来たんですね。その第一作目がこの近代文学向けの文麗仮名なんです。
 プレゼンの日、文麗を含めた10種類ぐらいの書体を組版して持参しました。それらを書体名を伏せた状態で、会社の方たちの前にワーッと並べて、「この中でご自分が一番気に入った組版に手をあげてください」とお願いしました。そしたら、ほとんど全員が文麗仮名を選んだんです。そして、「これが今回私が作った書体です」と言ってプレゼンが終わりました。どう、すごいでしょう?(会場笑)。最後に文麗仮名で文庫サイズに組んだ『こころ』を載せておきますね。

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 ということで、今後もぜひこの表を参考に「小説にふさわしい書体とは何か」を考えてみてください。念のためお伝えしますが、これはあくまで私の考えを基に作った表で、決して客観的なものではありません。ただ僕もずっと書体を見続けてきているので、さほど変な分析はしていないと思います。だからまあ、「当たるも八卦当たらぬも八卦」、よりはちょっと当たってる、ぐらいの感じで見ていただけたらと思います。この表でどんどん遊んでみてください。ありがとうございました。(完)

 (とりのうみ・おさむ 書体設計士)

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