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対談・鼎談

特集

村上柴田翻訳堂の楽しみ方

img_201709_12_9.jpg村上柴田翻訳堂とは

作家・村上春樹さんと柴田元幸さんが
「この名作が手に入らないというのは間違っているぞ」
「刊行からしばらくたっていても、現代作家と同じくらい新しい」
という作品を選び、新訳・復刊してお届する新潮文庫のサブレーベル。
各巻巻末に収録されている店主の両氏による〈解説セッション〉も必読!
第一期として以下の作品を刊行した。

カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』村上春樹・新訳
ウィリアム・サローヤン『僕の名はアラム』柴田元幸・新訳
フィリップ・ロス『素晴らしいアメリカ野球』中野好夫、常盤新平・訳
トマス・ハーディ『呪われた腕 ハーディ傑作選』河野一郎・訳
コリン・ウィルソン『宇宙ヴァンパイアー』中村保男・訳
マキシーン・ホン・キングストン『チャイナ・メン』藤本和子・訳
ジェイムズ・ディッキー『救い出される』酒本雅之・訳
リング・ラードナー『アリバイ・アイク ラードナー傑作選』加島祥造・訳
ジョン・ニコルズ『卵を産めない郭公』村上春樹・新訳
ナサニエル・ウエスト『いなごの日/クール・ミリオン ナサニエル・ウエスト傑作選』柴田元幸・新訳

http://www.shinchosha.co.jp/murakamishibata/

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聞く人|早助よう子
小説家。雑誌「monkey business」でデビュー。
主な作品に「非行少女モニカ」「犬走る」「妊娠同盟」など

答える人|柴田元幸
翻訳家、東京大学名誉教授。
近年の翻訳作品はミルハウザー『木に登る王 三つの中篇小説』、
オースター『内面からの報告書』『冬の日誌』など多数

早助 〈村上柴田翻訳堂〉は、こっちは村上さんが選んだものかなとか、これは柴田さんが推したものかなとか考えるのが楽しかったです。

柴田 お互いに「これいいんじゃないですか?」と作品を挙げていって、「それはいい」と意見が一致するときもあったし、「そんなの全然知らない」というものでも一方がいいと言えば「じゃ、それいきましょう」と決めていきました。トマス・ハーディ、フィリップ・ロスあたりは二人の意見が一致しました。

早助 この間、アメリカ人の友人にこのシリーズのことを話したら、これは一体どういう基準で選んでいるんだって驚愕してました。確かにハーディとコリン・ウィルソンが並ぶって、わけわかんないだろうなあ。目をつぶって選択基準を当てるのは、そうとう難しそう。

柴田 池澤夏樹さんの〈個人編集 世界文学全集〉のラインナップだって、バランスよく重要作品を押さえた現代世界文学アンソロジーを予想する人からすれば違和感があるかもしれません。普通アンソロジーを編むときは、個人的な好みとかはなるべく排除するから。

早助 藤本和子さんが編集した〈北米黒人女性作家選〉や早川書房の〈ブラック・ユーモア選集〉なども、普通の全集とはちょっと別の雰囲気です。

柴田 二つとも素晴らしいアンソロジーですよね。でもまああれははっきりテーマがあるから。今の日本にはなぜか、池澤さんの全集や〈翻訳堂〉みたいに、個人的な思考や信念から選びましたというのが肯定される文脈があって、それはとてもうれしい。

早助 うん、そういうのっていいですよね。ところで〈翻訳堂〉は、七〇年代半ばから八〇年代初頭くらいに死んだ、学生のベッドサイドに積んであった十冊の本という感じが......。

柴田 それはすごく正しい(笑)。僕らが選んだ作品は、全集に入るには新し過ぎるし、マイナー過ぎるし、ジャンク過ぎるんじゃないかと思う。概してアンソロジーってAクラスが揃わなきゃいけないっていう前提があって、それに対抗してやったわけじゃないんですけど、結果的にそうなっているかもしれない。

PR誌は楽しい

早助 『宇宙ヴァンパイアー』はそれこそ、規格外のうさんくささですね(笑)。また、そこが最高です。こういう作家が流行った時代があるというのは勉強になりました。

柴田 この人の一番有名な本は『アウトサイダー』というアンチヒーロー論で、若者がその一冊を抱えてパリへ行く、みたいな本でしたね。ブローティガンとかジャック・ケルアックを抱えて西海岸へ行くみたいに。

早助 柴田さんは二十歳の頃イギリスに行かれたとき、そういう本はありましたか?

柴田 それが全然ないんです。その頃、本なんか読まなかったので。イギリスでヒッチハイクしていて、あまりに車が来ないものだから道ばたに座り込んでオーウェルの『1984』を読み切ったのが、生まれて初めてペーパーバックを読破した経験でした。

早助 わたしは読むものがなくなるのがキョーフで、切らさないように気をつけてます。デビューして小説を書くようになって、ちょっと軽減しましたけど。読むものがなければ書いてりゃいいと、あるとき発見したんですよ。

 そしてあの、「波」みたいなPR誌は日々の持ち歩きに重宝してます。私、"PR誌知識人"を自称してて(笑)。もう文庫すら重いと感じるときがあって、ピンチだなと思うんですが。......重い単行本を割ったこともあります。PR誌は軽くて、いろんな話が入ってて好きなんですよね。

柴田 いや、PR誌ってこの分量でどれも中身濃いですよね。

マッカートニー的なもの

早助 やっぱり、『結婚式のメンバー』を新訳で読むことができたのが嬉しかったな〜。

柴田 マッカラーズはファンが多いですね。僕が大昔、英文科の学生だった頃は、女子学生に一番人気があったんじゃないかな。授業では取り上げられるか取り上げられないかの瀬戸際ぐらいなんだけど。

早助 マッカラーズってフラナリー・オコナーと比較して語られることが多い気がするんですが。

柴田 アカデミズムではオコナーの方が根源的だとされていると思います。それに対してマッカラーズは感傷的だと。マッカラーズの『心は孤独な狩人』(The Heart Is a Lonely Hunter)はセンテンスになっているタイトルですよね。で、そのまま作者のメッセージなんです。そこに皮肉はない。だけどオコナーの短篇「善人はなかなかいない」("A Good Man Is Hard to Find")もセンテンスのタイトルですが、これは皮肉なんですね。まあタイトルだけの問題じゃないんだけど、とにかくこういうほうが批評性があって高級とされる。

 でも村上さんが「それはジム・モリソンとポール・マッカートニーを比べるようなもの」だと言ってましたが言い得て妙ですね。このシリーズはポール・マッカートニー的なものを拾うシリーズなのかも。僕はソロになってからのポール・マッカートニーはそんなに好きじゃないけど(笑)。

早助 そっか、これ、ポール・マッカートニーなのか(笑)。

柴田 この中で一番、好きな作品は?

早助 うーん......昨日考えていたんですけど、これだけ多彩だと難しくて。はじめはマッカラーズが一番好きになるんだろうと思って読み始めたんですが、『チャイナ・メン』は大きな発見でしたし、ナサニエル・ウエストのひねくれ加減が心地いい夜もあり......。一気に読んだのはジェイムズ・ディッキーの『救い出される』。まさか途中からあんな話になるとは! 予想もつかない。『わが心の川』(注・『救い出される』の旧邦訳タイトル)じゃなくなった! そしてそういう作品をはしごしてお腹がいっぱいになると、『僕の名はアラム』の素朴さがしみじみ輝き出します。

 一番新しいなと思ったのは『チャイナ・メン』です。わ、こんなことができるんだ、と思いました。自分の作品で、真似してるっていわれないように気をつけなきゃ。もう、今にも影響を受けそうな気がします。

柴田 海外の小説を模倣しようと思ってもシチュエーションが全然違うし、結局そこまでは似ないと思うんですね。そういう意味で海外文学を読むことは作家にとっていいインスピレーションになるのかなと思います。小野正嗣君がまだ院生の頃「先生が訳した○○に刺激されて書きました」とかいって小説送ってくるんだけど、ちっとも似ていない(笑)。海外文学っていうのはちょうどいい距離があるんだと思います。

翻訳を見直す

柴田 最初は気がつかなかったんですが、結果的には、よい翻訳者による本が選ばれていますよね。だから、一つの基準はやっぱり翻訳ですね。

早助 翻訳者には、亡くなった方も、ご存命の方もいらっしゃいますね。

柴田 人生は短いなぁと思いました(笑)。僕が学生の頃にバリバリ現役だった方々がもう何人も亡くなってるんだなと思って。一方、ハーディの短篇集を翻訳なさった河野一郎先生の著書『翻訳上達法』は、僕がこれまでに唯一読んだ翻訳の指南書です。復刊するにあたって訳文に手を入れて下さいました。うれしかったですね。

早助 面白いでしょうね、何十年も経ってから自分の訳文を見返すのって。愛着があれば。

柴田 うん、もうちょっと長生きして自分もやってみたい......あ、もうしてるか(笑)。

うまければ、それでいい

柴田 ところで、アメリカに〈ライブラリー・オブ・アメリカ〉という叢書があります。これ専門のNPOがやっている、アメリカ文学のスタンダードを作ろうという全集です。最初はメルヴィルとかホーソーンあたりから始めて、最初のうち存命の作家で入ったのはフィリップ・ロスとユードラ・ウェルティだけだったけど、最近はけっこう生きている人も入れています。

 で、〈翻訳堂〉でこの叢書に入っているのはロス、ウエスト、マッカラーズ、それにラードナー。コリン・ウィルソンとハーディはイギリス人だから入っていなくて当然ですが、アメリカ人だけどサローヤン、ジョン・ニコルズあたりは入っていない。

早助 世界文学全集って、日本だと昔はそうそうたる教授陣が何時間も協議して作っていたと聞きますね。〈翻訳堂〉は......好きな本を独断と偏見で選んだ感じがしますねえ。

柴田 そう言ってもらえるとうれしい。文学全集とは違うけど、ハリウッド映画の、アンケートに基づいて作ったみたいな感じ、嫌なんですよね。独断と偏見が愛情のほうに働けば、そんなに恥じなくてもいいかなと思う。独断と偏見が否定のほうに働くのは嫌だけど。

早助 もし誰かに「こんな変なセレクトをして無責任じゃないか」って言われたら、何て答えます?

柴田 うーん......平等を期して何もやらないより、部分的にしかできなくても、とにかく何かに光を当てるのはいいことだと思うって答えますね。マッカラーズを入れるんだったらオコナーも入れなきゃダメだろうって言う人はいるでしょうけれど、そういうことを言いだしたら何もできないから。

 村上さんと僕が若い頃読んだものという時代性はやっぱりあるだろうと思います。その時代性の外に出て、普遍的に網羅的にやらなきゃいけないとなると、こういう無茶な選択はできない。現代的な新しい視点からきっちり全集を組めば池澤さんのような仕事になるし、光文社みたいに昔の全集のセレクションをそのまま翻訳だけアップデートするというのもひとつのやり方だと思います。そのどっちでもない、中途半端なのがこの〈翻訳堂〉。中途半端って僕、ひとつの方法だと思ってるんですよね(笑)。

 たとえば若い頃に食べて美味しかったものって、一貫性とか統一性とかべつになくたっていいじゃないですか。それと同じで、僕らは「あそこで食べたトンカツはうまかった」みたいなものを並べてみたんだと思います。

 (しばた・もとゆき 翻訳家)
 (はやすけ・ようこ 作家)