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書評・エッセイ

特別企画

銀の皿――新潮社社食の半世紀(上)

斯界(どこの?)に名高い小社社員食堂――。
伝統と革新、不易と流行、王道とケモノ道の間に
さまよう社員たちの胃袋の行方を
徹底取材で探る「波」創刊50周年企画。img_201708_11_1.jpg

平松洋子

 十枚綴りの食券、一枚二百円。ブルーの紙の地模様は新潮社の「S」マーク、中心に「昼食券 新潮社」の文字。喫茶券はオレンジ色、一枚五十円。利用するたびにミシン目をびりびりちぎって幅五・五センチ×縦二センチの一枚を食堂で手渡すのだが、うっかりポケットに入れたまま洗濯すると、紙が溶けて色が移るので注意が必要らしい。
 本館地下一階。新潮社の社員食堂は長年、不動の一食二百円を守る。創業昭和四十一年、今年で五十二年め。値上げはぜんぜん考えぬ(©高田渡)。しかも、おかずはお代わり自由、大盛り無料。利用者の少ない日は、鶏の唐揚げもとんかつもかき揚げも取り放題になるけれど、カレイのあんかけが売り切れて、突然カレーが登板することもある。今年一番の話題は専用の機械で氷を削って供するデザートのかき氷なのだが、七月早々あまりの暑さに予定が変更され、連続五日間かき氷を登場させる甘やかしぶり、いや奢りっぷり。炭水化物に炭水化物をぶつける掟破りは、もはやお家芸だ。うどん+おにぎりは当たり前、天ぷらそば+おにぎり+炊き込みご飯の日もあれば、焼きそばのおかずに炒飯がつく日もある。イラッとするのも午後の仕事の刺激になるでしょう、といわんばかりの独走態勢。展開の読めないツンデレぶりに、ともかく社員は気が抜けない。
 社食を利用しているみなさんに好きなメニューを訊いてみると、すぐさま三、四品挙げ、そのあと必ず「でも」と続く。とくに訊いてもいないのに、僕のあたしの嫌いなメニューはね、ホント止めて欲しいのはね、苦手な理由はね、と弁舌が止まらない。いやだいやだと言いながらこんなに饒舌な語りをぶつけてくるのは、けっきょく社食が好きってことだろう? おそるおそる口を差し挟むと、火に油を注ぐ結果になるのはいつもの成りゆきだ。とはいえ、熱っつい味噌汁は、昆布や鰹節できちんとだしをとってつくるお母さんの味。丼になみなみ注がれた具だくさんの豚汁には誠意を感じるし、魚介類は築地の取り引き先を大事にしていると聞く。
 いつもは扉が開けっぱなしだから見えないけれど、入り口に掲げたりっぱな金色の文字看板で、正式名称「社員専用食堂」。私が初めて足を踏み入れたのは、九年前だ。当時連載していた「オール讀物」(文藝春秋)の取材でおじゃますると、地下一階の窓のない蛍光灯の風景は昭和の香りを湛えており、時間が止まった郷愁をおぼえてネジが緩んだ。これまで社員食堂という場に縁をもたず生きてきた私のような者にとって、社長以下みんなが肩を並べてざわざわと食事時間を共有する場は貴重な空間に思われる。おしゃべりの止まらないにぎやかな席もあれば、喧噪に背を向けてひとり片隅でそそくさと食べる人もいる。いずれにせよ、ここは裃を脱いで過ごせる場でもあるようだった。
 当日のメニューは「甘塩鮭焼き定食」。使いこまれた楕円の銀皿の上は満艦飾。塩鮭、卵焼き、切り干し大根の煮付け、かぼちゃの煮物、ちくわの磯辺揚げ。サービス精神てんこ盛りの光景に、箸が迷った。わかめと豆腐の味噌汁はしっかりだしがきいて、白いごはんが進む味。おかずの味はどれも濃いめだったけれど、この品数とボリュームで二百円だと思うと、厨房で立ち働く料理人の方々にありがたさが募った。
 五十二年めの社食は、いまどうなっているのだろう。出版部中瀬ゆかりさん(勤続年数三十年)は、社食をほぼ毎日利用する、押しも押されもせぬヘビーユーザーである。
「安定しておいしいし、味つけがしっかりしているので自分の好み。とにかく味がいい! そこらへんのレストランや定食屋よりよほどうまい。ボリュームも調整できるし、これで二百円とは奇跡か! 自分は午前十一時半のオープンと同時に早飯する派閥なんですが、雑誌片手にご飯を食べ、コーヒー持ってデスクに戻り、原稿を読む、というのがルーティン。こんなのびのびとしたランチタイムが過ごせるのも、社食ならではの醍醐味。仕事の張り合いになるほど社食が好きです。炭水化物ラバーには悶絶の味。三色重、上海炒麺、天重、ラーメン、カレーうどん、このお気に入りメニューのときには、ランチタイムに死んでも戻ってきたい」
 ここまで愛される理由を知りたくなる。「新潮社のソウルフード」と呼ばれる三色重の存在感も健在のようだ。鶏そぼろ、いんげん、煎り卵の三種をご飯の上に敷き詰めたこのシンプルなお重は、二年前、値段が高騰した折りに緑部門、つまりいんげんが省かれると、社内に激震が走ったといういわくつきのメニュー。わが社は大丈夫なのか。二色丼になった三色重の姿に会社の懐具合を偲んで泣けた、というせつない話である。

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新潮社のソウルフード、三色重。異論もあります。祝いんげん復活。


 もちろん、一食二百円の安さは社員ひとりひとりの財布に直結している。百円玉二個の価値にリアルな声続々。
「飲み会などが続いてエンゲル係数が高まっているときに、つくづく一食二百円のありがたみを実感する」(製作部・三十代男性)
「入社して三年でひとり暮らしを始めたので、丸の内のOLみたいに値段がかさむランチに苦しまされることもなく、経済的にたいへん助かりました。給料日に食券を五千円分買っておけば安泰ですもの」(総務部・四十代女性)
「街場の飯屋との価格差を積み上げれば、知らず知らずものすごい節約効果はあったはずで、子供のミルク代や住宅ローンの頭金など、生活の様々な面で薄く広く社食の恩恵を受けていたのだろうなと、いまさらながらに思います」(文庫編集部・五十代男性)
「やはり二百円という値段ははっきりと家計を助けてくれています」(出版企画部・三十代女性)
「入社してこのかた貯金が一切ないので、一食二百円という価格設定は大変ありがたいです。かけがえのない存在」(出版部・二十代男性)
「結婚して小遣い制になって以来二十五年ずっと毎日利用していますが、とにかく二百円で昼食が食べられるのはうれしく、だからあんまり文句もいえない。なくなったら、私が財政破綻」(広告部・四十代男性)
 あるいは、「週刊新潮」編集部所属、ベテラン記者(勤続二十三年)のタマシイの叫び。
「私が所属する『週刊新潮』編集部は発売曜日の関係上、月曜日と金曜日以外は社食を使いにくい。ところが、なぜか月・金はカレーが非常に多いのです。しかも、最近は、カレー以外のメニューの日でも、売り切れたらカレーが代わりに供されることが多々あります。そんな日や翌日、自宅で妻がカレーを作っていたとしたら......。私は『またカレーか』となり、それがときに夫婦喧嘩に発展することもあるのです。『もう社食でカレーは食べないで!』と怒られたこともあります」
 社食は、生活そのものに食いこんでくる。店なら選ぶ料理を変えればすむけれど、社食に一歩入れば、あらかじめ日々の献立が決まっているのだから避けようがない。おなじ社員であっても、部署や仕事の内容、働き方によってそれぞれの事情は大きく違う。そこを広くカバーしようというのだから、社食が請け負っている任務はそうとうハードルが高いといわねばなるまい。それでも五十一年、続いてきた。続けてきた。

 社食は、毎日食べないとわからない。
 なぜなら、社食の献立は「毎日食べる」を前提にして考えられているから。そこが街場の食堂と大きく違うところで、社員が通っても通わなくても、毎日食べて飽きない工夫を地道に凝らす。社食の両輪は、「味」と「流れ」。
 そんなわけで、まず本館地下一階の食堂に一週間通ってみることにした。五月の連休明け、五月八日(月)から十二日(金)、昼十二時半。
 めくるめく一週間だった。
 うちのめされた一週間でもあった。
 体重計に載るのがこわい一週間でもあった。
 食べれば食べるほど、ずぶずぶとナニカに嵌まってゆく。甘かった、と自分を呪った。これほど人ったらしの社食が世の中にあったとは――。
 五月八日(月)ネギ塩豚丼or焼肉丼 白玉あんみつ
 連休明け早々、丼ものと白玉あんみつの組み合わせとは考えたな、と感嘆したのもつかのま。初日からボディブロウを見舞われ、呆然とした。
 カウンター前の列に連なり、二百円の食券を渡して塩豚丼を受け取る。豚肉とねぎをシンプルに炒めたアタマがのっかっており、さっぱりとした丼ものだなと弾みながら進むと、カウンターの上にせん切りキャベツの大バットが現れた。新鮮な緑の山に食欲を刺激されるのだが、取り皿が見当たらない。きょろきょろすると、列の前方、出版部楠瀬啓之さんの不審な挙動に目が釘づけになった。トングでつかんだキャベツを、迷いもせず塩豚丼の上に満載。ぎょっとして確認すると、列の全員の丼にせん切りキャベツ。
(おかずを主菜にのせて運搬するのが新潮方式なのか!?)
 前代未聞の奇策にすぐさま反応できず、しかしキャベツは欲しく、おずおずと丼の縁に寄せて入れる。きゅうりの柴漬け二切れ、ふちに赤い辛子味噌をなすりつけ、最初はこざっぱりしていた丼の内部は寝乱れるいっぽうだ。
 席につくと、テーブルをいっしょに囲んだ三名のうち二名の丼はりっぱなキャベツ丼だった。食べ方を、横目で観察してみました。キャベツを脇に押し寄せ、底から掘り出して塩豚丼を食べる楠瀬さん。箸で塩豚と混ぜ、たちどころに塩豚キャベツ丼に加工する田中範央さん。見たこともない高度なテクニックだ。周囲のテーブルをそっと見回すと、みな同様にキャベツを処遇している。
 だんだんわかってきた。取り皿がないのは、洗い物を最小限に減らす工夫ではないのか。
 しかし、楠瀬さんは解説する。
「丼を半分食べて、またキャベツをのせに行って、後半はコチュジャン風味のキャベツ丼を食べるという技があるんですよ! キャベツはおかわり自由だし、ごはんは多いし」
 屁理屈かと思ったが、いや違う。唯々諾々と労働軽減に協力してキャベツ丼をかっこむ楠瀬さんや田中さんの姿が、忙しいお母さんを気遣うよい子のそれに重なってきた。最初からキャベツの存在を無視した右隣の須貝利恵子さんは、食後、ベークライトの味噌汁椀に白玉あんみつを入れて黙々と食べている。どこか悟りきった横顔だった。
 五月九日(火)鶏唐揚げ定食 ポテトサラダ かき氷
 ドリーム感の際立つ献立だ。バットに山盛りのでかい鶏の唐揚げ、「ひとり三個まで 追加一個OK」の但し書きがある。しっとり、ざくっとした風合いが見るからにうまそうなポテトサラダは大きなスプーンで取り放題。しかも、以前は唐揚げも食べ放題だった日があり、最高八個食べた猛者がいるらしい。下味の効いた濃い味つけだが、ホームメイド感にかなりなごむ。
 この日、新たな新潮方式を学習した。銀皿に鶏唐揚げ三個、ポン酢おろし、ポテトサラダを盛り、脇の空きスペースに味噌汁の椀をのせて一挙運搬。左手にはごはんの白い皿を持ち、全内容を席までいっぺんに運ぶ。ワンプレートといえば聞こえはいいが、地下一階には取り皿もトレイも存在しません。
 デザートにかき氷を出す社食は前代未聞ではないだろうか。新規導入されたかき氷専用機械で削った氷が、ステンレス製の巨大丸バットに天盛り、自分ですくって紙コップに取り分け、好みのシロップをかける。いちご、レモン、ブルーハワイ、抹茶、練乳、あずき。昼ごはんにこんな祭りが導入されて浮き足立たないのかと懸念したが、どうも杞憂らしい。こんな派手なイベントにも動じず、淡々と食べ終えて午後に繋げる新潮社のみなさんの冷静沈着ぶりがすごい。

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ヘビーユーザーの中瀬ゆかり。入ってすぐの柱近くが指定席。


 五月十日(水)豚しゃぶサラダ or 冷豚しゃぶ定食 さばの南蛮漬け
 また粗相をしてしまった。豚しゃぶサラダ麺の丼を受け取ると、次にさばの南蛮漬けのバットが現れた。取り皿を目で探すのだが、もちろんあるはずもなく、しかし諦めきれず、脇に置いてあったカラの味噌汁椀を引きよせて盛ろうとしたら、カウンターのなかから声が掛かった。
「別盛りはナシね」
 まさかの盛り方指導に動転していると、「それは丼の上にのせるの」。三日めなのに、学習不足だった。昔なつかしい黄色い中華麺のボリュームにも負け、甘じょっぱい南蛮漬けの小骨をしゃぶって水を飲み干した。
 五月十一日(木)タコライス or ミートスパゲティ サラダ
 圧巻のボリュームに息を飲む。「定番に入りつつある人気メニュー」タコライスは、ごはんの上にミートソース、アボカド、レタス、トマト、タコス、マヨネーズ。盛りのよさ、ジャンキーな味は沖縄で食べたのと変わらず、社食での微妙な違和感も刺激的だ。この日同席したのは「週刊文春」編集部、連載「この味」の担当者でもある西木孝輔さん。社食でタコライスが食べられるなんて夢みたいですねえ、と押っ取り刀で矢来町にやってきた。テーブルの上の銀の皿を眺めながら、西木さんがうわごとのようにつぶやく。
「うちの会社でこういう魅惑のメニューを出したら、肥満が一気に増大すること必至です。でも、新潮社って痩せている方々が多いのはどうしてなんですかね」
 よほど不思議なのか、三度繰り返し言い、さかんに首をひねっている。
 文藝春秋で社食が撤廃されたのは、五年前だ。セントラルキッチン方式が導入されたのは昭和六十二年。新社屋にテナントが入ったため、それまでの厨房の人員では対応しきれず、採算も合わなくなって専門業者に社食経営を委託した。池島信平さんが社長だった頃、腰にタオルをぶら下げてしょっちゅう厨房に入ってきたなどという親身な話は、文藝春秋OBから何度も聞いた。しかしその後、利用者は減るいっぽう、ついに紀尾井町から社食の灯は消えた。いっぽう、新潮社では本館地下の食堂だけで一日平均二百五十人が利用していると聞かされ、「社員数がほぼ同じなのに......」と西木さんは遠い目をし、悔しさと羨望をまぶしてタコライスを完食(翌日まで膨満感で何も食べられなかったとの報告。私は体重一キロ増加)。
 五月十二日(金)和定食(鯖・鰺・鰆・鮭)厚揚げとひじきの煮物 豚汁
 一週間の締めくくりに投入されたのは、有無をいわせぬ重量級の球。主菜の魚は、四種類のなかから選べる贅沢三昧。鰆の味噌焼き、鮭の塩焼き、鯖の文化干し、鰺フライ、いずれもでかい(私が選んだ身の厚い鰺フライは二枚づけ)。ありったけのサービス精神が発揮され、取り放題の厚揚げとひじきの煮物、せん切りキャベツ、白菜キムチ、おしんこ、バットに積み重ねたおかめ納豆のパックのピラミッドが超然と光っていた。
 この日は、打ち合わせで新潮社を訪れた作家、戌井昭人さんが社食の友だった。担当編集者田中さんに案内され、去年ハヤシライスを食べたことがあるという。私はまだハヤシライスもカレーライスも食べたことがなく、にわかにうらやましい。カレーライスはともかく、手作りのハヤシライスを出す社食は稀少だろう。デミグラスソースに自信があるとみた。
 田中さんは、戌井さんと社内で打ち合わせする際は昼どきに決めている。戌井さんが鰆の味噌焼きを食べながら、言う。
「新潮社に来ると、この銀の皿で食べないと気がすまないんですよ。イイ感じですよね、この皿。それに、窓のない地下のバックヤード感にも痺れます。むかし、デパートでバイトしてたときを思い出すなあ」
 戌井さんの気持ちがよくわかる。一週間毎日通い続けて、私はがぜん銀の皿に愛着が湧き始めていた。長年の酷使に耐え、タコライスも青椒肉絲もハヤシライスも味噌汁も載せてきたシブい輝きを放つ銀の皿には、矢来町の喜怒哀楽が刻み込まれている。濃い気配がじんじん伝わってきた。
(以下、次号に続く)

 (ひらまつ・ようこ エッセイスト)