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書評・エッセイ

イコウドコニモナカッタホウホウデ行こう、どこにもなかった方法で

寺尾玄

1,728円(税込)

扇風機やトースターで大注目の「バルミューダ」、心躍る創業ストーリー!

扇風機やトースターを再発明し、斬新なアイデアで人々を驚かせ続ける「バルミューダ」。その発想の原点はどこにあるのか。かつてロックスターになりたかった若者が、ものづくりに新たな夢を見いだし、大ヒット商品を生みだすまでの興奮と驚きに満ちた道のり。

「バルミューダ」誕生までの驚きと興奮の道のり

――寺尾玄『行こう、どこにもなかった方法で』

寺尾玄

 人生は、何が起こるか分からない。

 私は今、家電を作る会社を経営している。昔は自分が経営者になるなんて、夢にも思わなかった。詩人か小説家になるのだとばかり思っていたのに、いつの間にこんなことになったのだろう。
 今から十年後の自分は、どこにいて、何をしているのだろう。また何か、新しいものを作っているのかもしれないし、そもそも、この世にいないかもしれない。しかし、今これを想像しても、きっと無駄なのだ。どうせ当たらないだろうから。十年前の私には、現在の自分は想像できなかった。

 今の会社を創業する前、私はロックスターを目指すミュージシャンだった。その前は、南ヨーロッパを一人で旅する青年だった。そしてその前は、バイクにまたがる不良少年だったし、さらにその前は両親の後を追いかける子供だった。
 その子供は、かつては赤ん坊だったのだが、そのもっと前は何だったかというと、父や母の身体の中に取り込まれた有機物質だったはずだ。これを彼らが、一人の人間として産み落としてくれた。
 そして彼らの一部だった有機物質は、どこから来たのかと言うと、それは彼らが食べたものだったはずだ。きっと鶏肉や野菜や魚だったのだ。

 昔々、最果ての地に立っていた一本の木。その木が朽ち果てて土になり、風に舞い上がったかけらの一部が、今の私の身体の一部になっているかもしれない。短い翼で懸命に飛び立とうとした鳥たちや、薄陽の差す北海を泳いでいた魚たちの一部が、この身体を形作っているのかもしれない。
 だから旅先で、ん? ここは? と、気になるような場所があったら、そこは、もしかしたら私たちにとっての、ゆかりの地なのかもしれない。いや、本当はこの世界全部が、私たちのゆかりの地なのだ。

 そんなゆかりの地で。私たちは全員、一個分の人生を生きる。人生とは何かを、昔はよく考えていた。でも、歳を取るにつれ、それを考えなくなったのは、どうでもよくなったからではなく、考える時間がなくなってきたからだ。
 目の前の一大事に夢中になり、生き抜くだけで精一杯な時に、人生の意味を考えている余裕はなかった。

 これまでの私の人生は多彩だった。変化に富み、いつもいつも、山あり谷ありだった。驚きと失敗の数だけは、人に負ける気がしない。平坦な道が極端に少ない、決して退屈しない人生だった。
 その人生は、はたから見たら危なっかしく見えるかもしれない。いつもドキドキしながら生きていける反面、安定とは程遠い道だ。

 それでも色彩豊かな人生を、うらやむ人もいるかもしれない。若い人たちが影響を受けて、自分もワイルドサイドを行きたいと思ってくれるかもしれない。
 あまりお勧めはしないが、興奮と驚き続きの人生は、どうしたら生きることができるのか。その答えは、とても簡単だ。
 私は、特技を持っているのだ。なぜ特技と言えるかというと、他の人たちがそれをできない時でも、私はいつもそれをできたからだ。私の特技、それは可能性の存在を完全に信じられることだ。

 独りの夜にも、眩しい朝にも、必ず、それはあった。海辺の町にいても、故郷にいても、それは必ず私のとなりにあった。子供にも大人にも、金持ちにも貧乏人にも、それは等しく使えるものとして存在している。
 生きている限り、可能性がなくなることは絶対にない。いつ、いかなる時も、どんな場所でも、それは光り輝いている。

 私たちは、何かが不可能だと言うことはできない。なぜならまだ試していない方法があるかもしれないからだ。できないかもしれない。でも、できるかもしれない。

 だからどんな試みも、それが不可能であるということを証明するのは、不可能なのだ。

※本稿は序章「可能性」より転載しました

 (てらお・げん バルミューダ社長)

寺尾玄『行こう、どこにもなかった方法で』978-4-10-350941-7